3

 救急車が到着しても、不動さんは目覚めないままだった。不意の一撃が悪い具合に決まってしまったんだろう。不動さんと、念のために尾先さんと浅戸さんも救急車で市街地の病院に運ばれる。


 ……そして救急車が行ってしまって、公安の人達も帰ってしまって、僕は一つの可能性に気付いた。車を運転できる人がいないんじゃないか? 僕も開道くんも自動車の運転免許なんか持っていない。年齢的に無理だ。

 案の定、C機関の二人も運転できないという事だった。故障さんは「故障」のフォビアで機械類を壊してしまうし、眠さんは「眠り」のフォビアで居眠り運転をしてしまうらしい。とんでもない二人だ。

 取り敢えず、携帯電話でF機関の上澤さんに連絡してみたところ、近くに民間の宿泊施設があるので、取り敢えず今日のところはそこで一泊する様にと言われた。代金はウエフジ研究所に付けておけとも。

 通話を終えて、僕は溜息を吐く。……そうするしかないな。


 僕はC機関の二人に、近くの宿に泊まる事を伝えた。そして広場から宿に移動する前に、僕は二人に提案する。


「開道くんを起こしませんか?」

「えー? 大丈夫ですかぁ?」


 眠さんは明らかに乗り気じゃないけど、気を失っている開道くんを宿まで運ぶのは結構な重労働だ。

 僕は強気に言い切る。


「僕のフォビアがあれば大丈夫です。フォビアは通じませんし、洗脳でも催眠でも解除してみせます」

「スゴい自信」


 眠さんは一度故障さんに目配せした。それを受けて故障さんが小さく頷いて言う。


「何かあったら、またネムちゃんが止めれば良いんじゃない?」

「ん~? それもそうだねぇ……てな訳で良いですよー」

「じゃあ、起こしますよ」


 僕は屈み込んで、倒れている開道くんの肩を揺する。

 自分のフォビアを意識しながら。


「起きてくれ、開道くん」


 開道くんは小さく呻いて、ゆっくりと目を開ける。


「開道くん、僕が分かるか?」

「向日さん……? あっ!」


 正気に戻った開道くんは、バッと飛び起きて辺りを見回した。


「ここは……どこなんですか?」

「富士山のふもとの広場だ」

「富士山!? 何でそんな所に!?」

「覚えてないのかい?」

「あー、全然って訳じゃないんですけど……あいまいです。記憶が……」

「とにかく無事で良かった。皆、心配していたんだぞ。立てるかい?」

「はい」


 僕と開道くんは、ゆっくりと立ち上がる。足取りはしっかりしているから、後遺症の心配は無さそうだ。

 僕は開道くんの背後に回り込んで、故障さんと眠さんに話しかけた。


「それじゃあ行きましょう」


 故障さんと眠さんは同時に頷く。それを見た開道くんは不思議そうな顔をして、僕に問いかけて来た。


「あの、この人達は……?」

「C機関の人だよ」


 知らない人の前で緊張している開道くんに、C機関の二人は小さく礼をする。


「私は故障です」

「眠だよ」

「か、開道です」


 自己紹介した後、開道くんは再び僕に問いかけて来た。


「どこに行くんですか?」

「近くの宿泊施設だ。ここまで送ってくれた浅戸さんが倒れてしまったから、今日は一泊して明日の迎えの車で帰る事にした」

「倒れた? もしかして俺のせいだったり……」


 開道くんは思い当たる節があるみたいだ。洗脳されていた間も、ぼんやりと意識はあったのかも知れない。


「君は操られていたんだ。気にするな」

「すいません。俺のために」

「いいよ。それより体がどこかおかしかったり、気分が悪かったりしないか?」

「はい、大丈夫です」


 それから僕達は四人で市街地から外れた場所にある宿に移動する。


 車が使えないのは不便だ。最寄りの宿泊施設に向うのにも何kmも歩く事になる。バス停も無いんだもんなぁ……。C機関の二人が揃って車を運転できないなんて思いもしなかった。

 公安の人達も大人が二人いるんだから何とかなるだろうって考えたのか、僕達の事を気にかける素振りも無かった。

 しょうがないから僕達四人は徒歩で林の中の道路を行く。移動距離が10kmに満たないとは言え、地図上の距離と実際に歩く距離では感覚が違い過ぎる。宿に到着するまでの数時間を長いと思うか、短いと思うか……。


 宿までの道中、故障さんがそれとなく開道くんと僕に尋ねて来た。


「ところで、その……開道くんのフォビアと超能力はどんな物なんでしょうか?」


 開道くんは急な問いかけにびっくりして、答えられないでいる。僕は代わりに答えて良いか、開道くんの意思を確かめた。


「僕が答えようか? それとも黙っておこうか?」

「ああ、いいえ、話しても良いですよ」

「分かった」


 僕は本人の了解を得て、故障さんに言う。


「開道くんのフォビアは背後恐怖症です。背後に誰かいないか気になってしまうそうです。背後からの攻撃は、その応用……だと思います」

「そうなんですね。不動さんはそれでやられた訳ですか」


 僕は開道くんの後ろにいるから細かい表情は分からないけれど、動揺しているんじゃないかと心配した。僕は開道くんを気遣って、故障さんに謝っておく。


「その事については済みませんでした」

「どうして向日さんが謝るんですか?」

「僕のフォビアは無効化ですから、事前に止められたはずなんです。ただ、あの時は一度に多くの事が起こり過ぎて」


 ダンプカーが動き出して、解放運動の二人がハイフィーバーを連れて逃げて、開道くんが攻撃して来て……。どれに対処したら良いのか、一瞬では判断できなかった。


「それを言ったら私もそうですし、そういうのは言いっこなしですよぉ」


 眠さんがフォローしてくれたけれど、僕は開道くんの事が気懸かりだった。

 もし……もし不動さんが目覚めなかったりしたら、開道くんは心に大きな傷を負ってしまうだろう。とにかく病院に運ばれた全員が無事である事を祈るばかりだ。

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