2

 予定の午後二時になっても、解放運動は姿を現さない。どこからどうやって来るんだろう? 普通に車に乗って現れるのかな? 待ち構えられている事は想定しているはずだから、何か対策を用意して来るだろうけど……。

 そんな事を考えていると、轟音と共に30トン級の大型ダンプカーが広場に乗り込んで来た。ダンプカーは僕達から三十メートルぐらい離れた場所で停車する。

 そしてフード付きのマントで顔を隠した三人の人物が座席から降りて、こちらに向かって歩いて来た。三人が誰なのかは分からないけれど、解放運動なのは間違いないだろう。

 僕は後ろに下げられて、浅戸さんと尾先さんが前に進み出る。

 最初に声をかけたのは浅戸さんだ。


「解放運動だな? 開道莫を返してもらいたい」


 それに対して、マントを着た三人の中の二人が進み出る。二人の内の一人は少し背が低い。


「ここにいる」


 背の高い方の人が、背の低い方の人のフードを剥いで、素顔を晒させた。

 ……開道くんだ。まだ思考を操られているんだろうか?

 どうにか正気に返そうと、僕はフォビアを使おうとする。それと同時、不動さんが小声で僕を止めた。


「待て。交換が済んでからだ。彼の無事が最優先なんだろう?」

「……はい」


 どうして僕がフォビアを使うと分かったんだろう?

 不思議がる僕に不動さんは言う。


「それと顔に出易い性格は直した方が良いぞ」


 そう言われても……どうすれば良いんだ?


 困惑する僕を余所に、人質交換の話は進む。

 尾先さんが背の高い方の人に向かって言った。


「お前達の仲間はここにいる。今は眠っているだけだ」

「起こせ」

「交換の後だ。開道をこちらに渡せ」

「そっちが先だ」


 お互いに牽制して睨み合ったまま動かない。無意味に時間が過ぎるのを待つより、僕がフォビアを無効化すれば早いじゃないかと思う。

 C機関の人達は何をしているんだろう? もしかして、もうフォビアを使っているのか? ハイフィーバーが眠っているのは、眠さんのフォビアだろうけど……。

 いや、でも分からないぞ。相手も同じ超能力者なんだから、何か能力を隠しているはず。やっぱり僕が全部無効化して、フェアな状態で場を収めるべきじゃないか?

 僕は不動さんに話しかけた。


「どうなってるんですか? やっぱり僕が止めましょうか?」

「落ち着け。黙って見ていろ」


 強い口調で言われて、僕は口を閉ざす。今の僕が不安と焦りで冷静じゃなかった事は認めよう。でも目の前に開道くんがいるのに、取り返せないのは歯痒い。

 背が高い方のマントを着た人が、先に長い沈黙を破った。


「そっちの呼び出しに応じてやったんだ。こっちが不利なのは承知している。だからこそ、そっちが譲るべきだ。こっちとしても、お互い無傷で済ませたい」


 もし聞き入れられないなら、破れかぶれで抵抗するという宣言だ。

 尾先さんと浅戸さんは、視線を送り合って頷いた。そして浅戸さんが不動さんに振り向いて言う。


「渡しても良いだろうか?」

「ああ」


 不動さんは眠さんを顧みると、顎をしゃくって合図した。眠さんはハイフィーバーを引き擦って進み出て、マントを着た人の前に投げて転がす。ぼやぼやした見かけによらず、力持ちだ。

 少し後ろに控えていた、もう一人のマントを着た人が、ハイフィーバーの首に手を添えて脈を診た。


「大丈夫、生きてる」

「よし。下がるぞ」


 背の高い方のマントを着た人が、開道くんの背中をドンと押して、こちら側に突き飛ばす。

 浅戸さんが即座に開道くんを受け止めようとしたけれど、開道くんは倒れずに踏み止まって、逆に浅戸さんが前のめりに倒れ込んだ。

 僕は思わず声を上げる。


「浅戸さん!」


 この倒れ方は知っている。開道くんのフォビアだ! あいつ等、開道くんが暴れている内に逃げるつもりだな!

 尾先さんが開道くんを地面に倒して取り押さえる。

 既に大型ダンプカーはゆっくりと走り始めていて、マントを着た二人がハイフィーバーと一緒に乗り込もうとしている。車内にもう一人、残っていたみたいだ。


「止まっ―――!」


 不動さんが逃げる二人に向かって叫んだ直後、不動さんも前のめりに倒れた。開道くんのフォビアは身動きが取れなくても関係ないんだ。続いて、拳銃を抜こうとした尾先さんも倒れる。

 このままじゃ全滅だ。僕が止めないと!


「開道くん!」


 僕は開道くんの目を見て言った。

 開道くんは目を剥いて僕を凝視した後、ふらりと片膝をついてばたりと倒れ込む。何事かと思ったけど、眠さんのフォビアだろう。


 ダンプカーはエンジンを唸らせながら速度を上げて、もうもうと土煙を巻き上げ、広場から引き揚げる。

 ……逃げられてしまった。いや、それはしょうがない。今は開道くんの事だ。

 僕は倒れた開道くんの肩を揺すった。


「開道くん」


 それを眠さんが間延びした気の抜けた声で止める。


「起こさないでくださいー。まだ暴れるかも知れないのでー。大丈夫です、眠ってるだけですー」


 僕は小さな溜息を吐いて、開道くんに倒されてしまった三人を顧みた。

 故障さんが慌てた様子で不動さんに声をかけている。


「不動さん、起きてください! あぁー、どうしよう、どうしよう……」


 僕と視線を合わせた故障さんは、僕に聞いて来る。


「あの、何が起きたんですか!?」

「多分、開道くんのフォビアです。後ろから殴られて、脳震盪を起こしているんだと思います。とにかく救急車を」


 そう言っている間に、眠さんが119番に通報した。

 それに前後して尾先さんが目を覚ます。尾先さんは軽く咳き込みながら、ゆっくり立ち上がった。ヘルメットを被っていたお蔭で、比較的軽傷で済んだみたいだ。


「やられたなぁ……」


 首の後ろを押さえながらぼやく尾先さんに、僕は心配して尋ねる。


「大丈夫ですか?」

「ああ。もう何ともない。ちょっと首の後ろが痛むだけだ」


 救急車を待つ間に、他の公安の人も駆け付ける。一体どこに隠れていたのかと思うくらい、林の中からぞろぞろと。

 後で知った事だけど、解放運動の連中を狙撃するために隠れていたらしい。ダンプカーが動き出した時も銃撃していたんだけど、止められなかっただけで。


 公安の尾先さんの次に目覚めたのは浅戸さん。小声で呻きながら体を起こし、後頭部をさする。

 不動さんは最後まで目覚めなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る