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予定の午後二時になっても、解放運動は姿を現さない。どこからどうやって来るんだろう? 普通に車に乗って現れるのかな? 待ち構えられている事は想定しているはずだから、何か対策を用意して来るだろうけど……。
そんな事を考えていると、轟音と共に30トン級の大型ダンプカーが広場に乗り込んで来た。ダンプカーは僕達から三十メートルぐらい離れた場所で停車する。
そしてフード付きのマントで顔を隠した三人の人物が座席から降りて、こちらに向かって歩いて来た。三人が誰なのかは分からないけれど、解放運動なのは間違いないだろう。
僕は後ろに下げられて、浅戸さんと尾先さんが前に進み出る。
最初に声をかけたのは浅戸さんだ。
「解放運動だな? 開道莫を返してもらいたい」
それに対して、マントを着た三人の中の二人が進み出る。二人の内の一人は少し背が低い。
「ここにいる」
背の高い方の人が、背の低い方の人のフードを剥いで、素顔を晒させた。
……開道くんだ。まだ思考を操られているんだろうか?
どうにか正気に返そうと、僕はフォビアを使おうとする。それと同時、不動さんが小声で僕を止めた。
「待て。交換が済んでからだ。彼の無事が最優先なんだろう?」
「……はい」
どうして僕がフォビアを使うと分かったんだろう?
不思議がる僕に不動さんは言う。
「それと顔に出易い性格は直した方が良いぞ」
そう言われても……どうすれば良いんだ?
困惑する僕を余所に、人質交換の話は進む。
尾先さんが背の高い方の人に向かって言った。
「お前達の仲間はここにいる。今は眠っているだけだ」
「起こせ」
「交換の後だ。開道をこちらに渡せ」
「そっちが先だ」
お互いに牽制して睨み合ったまま動かない。無意味に時間が過ぎるのを待つより、僕がフォビアを無効化すれば早いじゃないかと思う。
C機関の人達は何をしているんだろう? もしかして、もうフォビアを使っているのか? ハイフィーバーが眠っているのは、眠さんのフォビアだろうけど……。
いや、でも分からないぞ。相手も同じ超能力者なんだから、何か能力を隠しているはず。やっぱり僕が全部無効化して、フェアな状態で場を収めるべきじゃないか?
僕は不動さんに話しかけた。
「どうなってるんですか? やっぱり僕が止めましょうか?」
「落ち着け。黙って見ていろ」
強い口調で言われて、僕は口を閉ざす。今の僕が不安と焦りで冷静じゃなかった事は認めよう。でも目の前に開道くんがいるのに、取り返せないのは歯痒い。
背が高い方のマントを着た人が、先に長い沈黙を破った。
「そっちの呼び出しに応じてやったんだ。こっちが不利なのは承知している。だからこそ、そっちが譲るべきだ。こっちとしても、お互い無傷で済ませたい」
もし聞き入れられないなら、破れかぶれで抵抗するという宣言だ。
尾先さんと浅戸さんは、視線を送り合って頷いた。そして浅戸さんが不動さんに振り向いて言う。
「渡しても良いだろうか?」
「ああ」
不動さんは眠さんを顧みると、顎をしゃくって合図した。眠さんはハイフィーバーを引き擦って進み出て、マントを着た人の前に投げて転がす。ぼやぼやした見かけによらず、力持ちだ。
少し後ろに控えていた、もう一人のマントを着た人が、ハイフィーバーの首に手を添えて脈を診た。
「大丈夫、生きてる」
「よし。下がるぞ」
背の高い方のマントを着た人が、開道くんの背中をドンと押して、こちら側に突き飛ばす。
浅戸さんが即座に開道くんを受け止めようとしたけれど、開道くんは倒れずに踏み止まって、逆に浅戸さんが前のめりに倒れ込んだ。
僕は思わず声を上げる。
「浅戸さん!」
この倒れ方は知っている。開道くんのフォビアだ! あいつ等、開道くんが暴れている内に逃げるつもりだな!
尾先さんが開道くんを地面に倒して取り押さえる。
既に大型ダンプカーはゆっくりと走り始めていて、マントを着た二人がハイフィーバーと一緒に乗り込もうとしている。車内にもう一人、残っていたみたいだ。
「止まっ―――!」
不動さんが逃げる二人に向かって叫んだ直後、不動さんも前のめりに倒れた。開道くんのフォビアは身動きが取れなくても関係ないんだ。続いて、拳銃を抜こうとした尾先さんも倒れる。
このままじゃ全滅だ。僕が止めないと!
「開道くん!」
僕は開道くんの目を見て言った。
開道くんは目を剥いて僕を凝視した後、ふらりと片膝をついてばたりと倒れ込む。何事かと思ったけど、眠さんのフォビアだろう。
ダンプカーはエンジンを唸らせながら速度を上げて、もうもうと土煙を巻き上げ、広場から引き揚げる。
……逃げられてしまった。いや、それはしょうがない。今は開道くんの事だ。
僕は倒れた開道くんの肩を揺すった。
「開道くん」
それを眠さんが間延びした気の抜けた声で止める。
「起こさないでくださいー。まだ暴れるかも知れないのでー。大丈夫です、眠ってるだけですー」
僕は小さな溜息を吐いて、開道くんに倒されてしまった三人を顧みた。
故障さんが慌てた様子で不動さんに声をかけている。
「不動さん、起きてください! あぁー、どうしよう、どうしよう……」
僕と視線を合わせた故障さんは、僕に聞いて来る。
「あの、何が起きたんですか!?」
「多分、開道くんのフォビアです。後ろから殴られて、脳震盪を起こしているんだと思います。とにかく救急車を」
そう言っている間に、眠さんが119番に通報した。
それに前後して尾先さんが目を覚ます。尾先さんは軽く咳き込みながら、ゆっくり立ち上がった。ヘルメットを被っていたお蔭で、比較的軽傷で済んだみたいだ。
「やられたなぁ……」
首の後ろを押さえながらぼやく尾先さんに、僕は心配して尋ねる。
「大丈夫ですか?」
「ああ。もう何ともない。ちょっと首の後ろが痛むだけだ」
救急車を待つ間に、他の公安の人も駆け付ける。一体どこに隠れていたのかと思うくらい、林の中からぞろぞろと。
後で知った事だけど、解放運動の連中を狙撃するために隠れていたらしい。ダンプカーが動き出した時も銃撃していたんだけど、止められなかっただけで。
公安の尾先さんの次に目覚めたのは浅戸さん。小声で呻きながら体を起こし、後頭部をさする。
不動さんは最後まで目覚めなかった。
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