捕虜交換

1

 十月十日、その捕虜交換の日が訪れた。

 僕はC機関のフォビアの人達と一緒に、捕虜交換に同行する事になった。捕虜交換の現場はS県内の富士山麓の広場。予定時刻は午後二時。

 僕は今、浅戸さんが運転する乗用車の助手席に乗って、富士山麓の広場へ向かっている。

 移動中ずっと黙ったままなのも気まずいので、僕は浅戸さんに話しかけた。


「開道くん、無事だと良いんですけど」

「そうだな」

「素直に返してくれるでしょうか?」

「何とも言えないな。最悪の方法を考えない連中ではないだろうから、隙を見せない様にするしかない」


 まさか捕虜交換に応じないって事はないだろう。ただでさえ少ない味方を切り捨てるのは悪手のはずだ。

 そう考えていると、浅戸さんが不気味な一言を零した。


を狙っているのは、C機関も同じだろうけどな」

「あわよくば?」

「のこのこ現れた解放運動の連中を、一網打尽にしてやろうってな。素直に捕虜交換だけで済ませる訳がない。そのために向日くんも呼んだんだろう」

「そう……ですか」


 僕としては捕虜交換だけで済ませてもらっても構わないと思っている。寧ろ、不測の事態を引き起こすくらいなら、大人しくしていてもらいたい。

 僕は浅戸さんに聞く。


「F機関としては開道くんを無事に返してもらう事が第一でしょう?」

「危険な橋は渡りたくないか」

「そりゃそうですよ。何とかC機関の人達に言ってもらえませんか?」


 僕はお願いしてみたけど、浅戸さんの反応は良くない。


「……公安も来るし、リスクは低いと思うけどね」

「いくら公安でも吸血鬼やブレインウォッシャーみたいなのが出て来たら、どうするんですか?」

「一般人でも超能力に対抗する方法はあるんだ。幻覚を引き起こしたり、精神に干渉したりする超能力は、脳波をシャットアウトすれば防げる。自分のイメージを相手に送り込んで、同じ症状を引き起こしているだけだからな」

「だったら、警察だけで解放運動を片付けられるんじゃ……?」

「そうも行かないんだな。実際に現象を起こす超能力に対しては、脳波だけを防いでも無意味だ。そもそも法律が超能力を想定していないから、どんな罪状で逮捕するかも決められない」

「戦前からあるのに?」

「いつ、誰が、どこで超能力を使ったのか、客観的に証明する事は困難なんだ。超能力を使わない限りは、超能力者だと分からないからね。たとえ超能力者同士でも」


 そうだよなぁ……。大勢の人に紛れたら、誰が使ったのかも分からない。

 だからF機関は危険なフォビアを発見して保護する。



 そんなこんなで僕達は富士山麓の林の中にある広場に着く。

 広場の駐車場へと続く道路には、「進入禁止」「本日はご利用できません」と看板が置かれていたけれど、浅戸さんは無視して素通りした。

 それから駐車場で車から降りた僕と浅戸さんは、まず辺りを見回す。駐車場の埋まり具合は、全体の三分の一ぐらい。


「警察関係の車なんでしょうか?」

「そうだろうな」


 浅戸さんが先を歩いて、僕達は駐車場から広場に移動する。


 広場には五人の男女がいた。僕と浅戸さんが近付くと、五人の内の三人が反応してこちらを見る。

 浅戸さんが最初に名乗る。


「F機関の浅戸です。こちらは向日」

「公安の尾先おざきだ」


 尾先と名乗った人はサングラスをかけていて、白バイに乗ってる人が被る様なジェット型のヘルメットで頭部を守っている。これで脳波の干渉を防ぐんだろう。

 最後にC機関の男の人が名乗る。


「C機関の不動ふどう。それと故障こしょうねむり


 それぞれが紹介を終えて、最後に残った一人に注目する。両手に手錠をかけられてぐったりと座り込んでいる男。頭には尾先さんと同じタイプのジェット型のヘルメットが被せられている。

 C機関の不動さんが言う。


「これが例の解放運動の奴だ。通称『ハイフィーバー』、インフル野郎」


 ここにいるのは僕達を含めて七人だけ。駐車場の車の数に比べて明らかに少ない。どこかここからは見えない場所で待機しているんだろう。

 浅戸さんは尾先さんに話しかける。


「解放運動の連中は……まだ現れてないんですか?」

「ああ。当然、警戒して来るだろう」

F機関ウチとしては来てもらわないと困るんですがね」

「だが、一対一イチイチの交換では面白くない。将棋なら一駒でも二駒でも多く取る」

「同じ一対一でも、銀と飛車ぐらいの価値はある交換ですよ」

「そこまでか?」

「何事も欲張ると失敗します」

「そうかもな」


 その間、僕は不動さんに尋ねた。


「もしかして……前に会いましたか? 金縛りの人?」

「おう。お前は無効化だったな」

「そうです。他の二人は……」

「あの時の二人とは違う。これからも顔を合わせるかも知れんから、挨拶だけでもしておくか? おい! 故障、眠!」


 不動さんに呼ばれた二人の女性は、ハイフィーバーを引き擦って歩いて来る。

 不動さんは二人に向かって言った。


「このお方が無効化のフォビア様だ」

「そうなんですか?」

「あ、あの、初めまして。故障です」


 畏まる故障さんに対して、眠さんは興味が薄い様子。口元を押さえて、あくびなんかしている。緊張感の無い人だ。


「今後お世話になるだろうから、しっかり顔を憶えてもらっとけ」

「はぁい」

「はい!」


 気の抜けた返事をする眠さんと、はきはき答える故障さん。特徴的な二人だから、まあ忘れはしないと思う。


「向日衛です」

「故障です。お見知り置きを!」

「眠ですー、はい」


 それから僕達は解放運動の到着を待ち続けた。

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