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 カウンセリングが終わって午前十時、携帯電話が鳴る。上澤さんからだろうかと思いながら、僕は携帯電話を手に取った。

 ……ああ、やっぱり上澤さんだ。振り返ってみると僕の携帯電話を鳴らしたのは、ほとんどが上澤さんだ。超能力解放運動が動き出してから、外出する事も少なくなったからなぁ……。

 そもそも僕は電話越しでの会話が、そんなに好きじゃない。顔の見えない相手と話すっていうのは、どうにもやり難い。メールを短時間でやり取りするのも苦手だ。


 僕の個人的な事は置いといて、上澤さんの話の内容は、昨日の事についてだった。


「向日くん、昨日は済まなかった」

「何かあったんですか?」

「陰から君をフォローするつもりで数人派遣したんだが、どうも解放運動の連中と遭遇してしまったらしくてな」


 本当かなと一瞬疑ったけど、僕は一つの可能性に思い至った。

 もしかたら転校生は近くに仲間を待機させていたのかも知れない。お互いに援軍を用意していた結果、偶々援軍同士が鉢合わせて、僕も転校生も一対一になった。

 そうだとしたら、あの状況も納得できる。


「その数人って誰ですか?」

「そんな事を知って、どうするんだい?」

「いえ、お礼を言わないと……」

「妙なところで律儀だね。F機関ウチからは勿忘草と刻が出てくれたよ。他はC機関だ」

「分かりました。上澤さんもありがとうございます」

「おやおや、これはこれは……フフフ」

「僕の我がままに付き合ってくださって」

「そうだね。一つ良い事を教えよう。売店にお礼用の菓子折りがある」

「分かりました。お持ちします」


 そんな訳で僕の午後の予定は、菓子折りを持参してのお礼参りとなった。



 午後二時、まずは上澤さんのいる副所長室のドアを叩く。

 デスクに座って待ち構えていた上澤さんは、何故か笑顔で機嫌が良さそうだった。

 僕は上澤さんに頭を深く下げて言う。


「先日はご迷惑をおかけしました。お忙しい中、ご尽力いただき感謝しております」

「いやいや、そう畏まらないでくれ。結局、ブレインウォッシャーには逃げられてしまったし、君へのフォローも中途半端なものになってしまった」

「いえ、元はと言えば僕の勝手な行動が原因ですから。お詫びも込めて、こちら……つまらない物ですが、お納めください」


 僕が菓子折りを差し出すと、上澤さんは満足そうに頷いた。


「ありがたく頂くよ」

「失礼しました。これからは気を付けます」

「反省しているならそれでいい。君はこれまでよくやってくれた。それに報いただけの事。これからも宜しく頼むよ」

「はい」


 許しを乞う身分の僕が言うのも変だけど、甘い処置だなと感じる。勝手に行動した事をもっと責められるかと思っていた。やっぱり僕は期待されているんだろうか?

 落ち込んでいた気持ちが少し慰められる。僕は単純な人間だ。



 次は刻さんにお礼を言いに行こう。急にお邪魔するのも悪いので、僕は断りの電話を入れる事にした。

 でも携帯電話の番号は知らないから、部屋に備え付けの内線電話を使う。電話番号はそのまま部屋番号だ。部屋にいてくれると良いんだけど。

 コールしてから三十秒ぐらい経って、留守なのかと諦めかけた頃、ようやく刻さんが出てくれる。


「どなたですか?」

「向日です」

「ああ、向日くん。何の用?」

「昨日のお礼をしたいと……」

「お礼? 何の事だ?」

「刻さんは昨日、北中に行ってくださったんですよね? 僕がブレインウォッシャーと会うから」

「あー、その事か」

「はい、その事です。お礼をしないといけないと思いまして」

「分かった、分かった。わざわざ電話してお礼を言いたかったのか」

「いや、電話じゃなくて直接お会いしてお礼を――」

「いいって、いいって。そこまで気を遣わなくても」

「いえ、そうはいきません。今、お伺いしても良いですか?」

「今? まあ良いけど、手短に済ませてくれよ」

「はい、それは。お手数はおかけしませんので」


 電話を切って、僕は大きな溜息を吐く。刻さんは全然気にしてないみたいだった。上澤さんに指示されたから行っただけで、僕のためだとかそんな事は考えていなかったのかも知れない。だからお礼を言われる筋合いも余り無いと。

 それでもせっかく菓子折りを用意したんだし、渡さずに済ます事はできない。ありがた迷惑になるかもだけど、受け取ってもらえなかったらその時はその時だ。


 六階の刻さんの部屋の前で、僕はチャイムを鳴らす。

 数秒後に刻さんがドアを開けて顔を覗かせた。


「向日くん、本当に来たのか」

「来ますよ。行くって言ったんですから。こちらを受け取ってください。大した物じゃありませんけど」


 僕は菓子折りの入った紙袋を刻さんに手渡した。


「僕の勝手でご迷惑をおかけしたお詫びです」

「別にそんな風には思ってないが……」


 刻さんは袋を受け取って、中身を気にする。


「ところで、これは?」

「菓子折りです」

「もしかして、あれか? ちょっと高い奴。二、三千円ぐらいする」

「そうです」

「こんなの初めて人からもらったよ。向日くん、もしかしてイイトコのお坊ちゃんだったりするのかい?」

「いえ、上澤さんに教えてもらいました。お礼用の菓子折りがあるって」

「そうなのか……。副所長のお勧めなら、ありがたく受け取っておこう。わざわざ済まんな」

「いいえ、ありがとうございました」


 僕が頭を深く下げると、刻さんは困った顔をしながらも応えてくれた。


「よせって。誰も悪くなんかないし。少なくとも俺はそう思ってる。解放運動をどうにかしたいって気持ちは一緒だ」

「ありがとうございます」

「だから、よせって。この話はこれで終わり。そういう事にしよう」

「はい」

「よし、じゃあな」


 刻さんはバタンとドアを閉める。

 僕は深呼吸をして、七階の勿忘草さんの部屋に向かった。

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