反省と後悔
1
とぼとぼ歩いて久遠ビルディングに着いた僕は、疲れ切った気分で部屋にこもって一人考える。お昼ご飯も食べないで。
どうして誰も来てくれなかったのか……。
上澤さんには話したはずだ。僕なんかいなくなってしまっても全く構わないって事なんだろうか? 今まで重要人物扱いされていたのに、急に存在が軽くなったみたいで落ち着かない。
僕は自分の存在を過大評価していたのかも知れない。組織に所属する一人としての自覚が無い奴は、守る価値も無いって事なのかな……。
自業自得だけど気分が落ち込む。
まあ、でも……結果的には何も無かった。何かを得た訳でも、失った訳でもない。できるなら今日の事は無かった事にしてしまいたい。他の人達も何も見なかったし、聞かなかった事にしてくれると嬉しいんだけど、それは都合の好い逃避だよなぁ。
どの道、明日のカウンセリングで日富さんに何か言われるだろう。本気で叱られるかも知れないけれど、しょうがないさ。
そんな事を考えながら、僕は憂鬱な気分で半日を過ごした。
翌日午前九時、いつものカウンセリングの時間。日富さんは絶対怒っているだろうなと思って、僕は気が重かった。
顔を合わせる瞬間が一番しんどい。交わす言葉も少なくなる。とにかく気まずい。心を読んでもらっている間だけは落ち着くけれど、ずっと続ける訳でもないから一時の慰めにしかならない。
僕の心を読み終えた日富さんは、数秒の間を置いて僕に言った。
「私は止めたはずですよ」
「はい。反省しています。後悔も……少しだけ」
「『少し』ですか」
「はい。僕はどうしてもブレインウォッシャーと……転校生・多倶知と一対一で会わないといけなかったんです」
日富さんは深い溜息を吐く。
「それで他人に止められたくなくて、黙って独断専行した訳ですか」
「そうです。日富さん……あなたに心を読まれたら終わりだと思って、即行動に移しました」
「向日くん……私はあなたを信頼していましたし、あなたにも信頼してもらっているつもりでした」
そう言われてしまうと弱い。日富さんは僕が信頼を裏切った事を責めている。人の心を読めても、未来の事までは分からないから、僕の急な心変わりがショックだったんだろう。
「でも、相談したら止めたでしょう?」
「当然です」
「もう少し僕の心も
「……善処しましょう」
当てにならない返事だったけど、完全に断られるよりは良い……んだろうか?
適当にごまかされたとも言える。それでも僕は大きな不満を持たなかった。ある程度は配慮してくれてるって事だから。
それはそれとして、僕は一つ聞いておかなければいけない事がある。
デスクについてキーボードをカタカタ叩いて、パソコンにデータか文書か知らないけれど何かを打ち込んでいる日富さんに、僕は尋ねた。
「日富さん、多倶知が国の計画で人工的に生み出された超能力者だっていうのは……本当なんですか?」
日富さんは即答しなかった。それともできなかったのか?
十秒ぐらいの沈黙があって、日富さんは応える。
「ブレインウォッシャーの言う事を本気にしたんですか?」
「別に信じてるって訳じゃないですけど……そこは僕の心を読んだんですから分かるでしょう?」
「そうですね……。私も全てを知っている訳ではないので何とも言えませんが、少なくともF機関は関与していません」
「……何か心当たりでもあるんですか?」
僕は日富さんの慎重な言い回しを怪しく思った。無いなら無いと言えば良いのに、わざわざF機関だけに限定して明言したのは何故だろう? 誠実に答えたつもりなら逆効果だ。
「F機関以外は何かやってるかも知れないんですか?」
「他の組織の事は分かりませんから」
「本当に分からないんですか?」
僕は疑いを深めて行く。知らない事について確かな事は言えない?
違う気がする。それなら日富さんは「私の知る限り」とか、そんな感じの言い方をするはずだ。もしかして本当に超能力者を生み出そうって計画があったのか?
日富さんは僕と視線を合わせないまま、小さく唸りながら答えた。
「過去にそういう計画があった事は知っています」
「いつ、どこで?」
「何十年も前の話です。今も続けているかは分かりません」
「それはC機関の事ですよね?」
「……はい」
「多倶知が言った事も、
「それは分かりません」
「もしかしたら全部本当かも知れない」
そこでようやく日富さんは視線を上げて僕を見た。
「本当だったら、どうしますか?」
「どうもしませんよ。あいつにどんな過去があっても、僕の友達を自殺に追い込んだ事は正当化できませんし、許すつもりもありません。だけど……」
「だけど?」
「それとは別に、あいつを生み出す事になった連中も許せません」
「向日くん……」
「分かってますよ。まだ確定した訳じゃないって事ですよね」
C機関は怪しいけど、本当にC機関の仕業なのかは分からない。もしかしたらC機関でもF機関でもない別の組織が関与しているかも知れない。
解放運動との戦いが終わったら、その裏にある真実を探しに行こう。僕はそう決意していた。
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