4

 転校生・多倶知選証は怒りを抑える様に、大きな溜息を吐いた。


「……俺の家を乗っ取った連中の一人が言った。『恨むなら国を恨め』と。当時の俺には何の事だか分からなかった。でも……知ってしまった。人工的に超能力者を生み出す計画の事を」


 そんな事は無いはずだ。上澤さんは言っていた。戦前にフォビアを軍事利用する計画があったけど、それは失敗したって。フォビアはトラウマに起因する超能力だから制御が難しいんだって。


「つまり? お前の超能力を覚醒させるために、お前の家族は犠牲になったって言いたいのか?」

「そうだ」


 だったら――だったら、彼が死んだのもそうなのか? 僕の無効化の超能力を覚醒させるために?

 違うだろう。全部偶然だ。こいつのせいでアキラは死んだ。もしこいつの言う通りなら、こいつこそが国に加担した事になる。


「妄想だろ。それか、誰かに騙されてるんだ」

「やっぱり信じてはくれないか」

「当たり前だろ。第一全部が本当の事だったとして、それでお前の罪が許されるとでも思ってるのか」

「許す? 誰も許してもらおうなんて思っちゃいない。俺の幸せは大多数の一般人のために犠牲にさせられたんだ。全部……全部、逆だ。俺達に許しを乞うのは超能力も使えない凡人共の方だ」


 責任転嫁だけは一人前だな。僕は多倶知の話を聞く気が失せる。こいつには反省も後悔も無い。これ以上は気分が悪くなるだけだ。

 これ以上は耳を傾ける価値もないと思い始めている僕の内心も知らずに、多倶知は一人で語り続ける。


「どうして超能力という優れた能力を持つ人間が、多くの凡人共に配慮して隠れていないといけないんだ? 逆だろう。より優れた者が上に立つべきだ。古代ローマの百人隊長も戦国武将も、武勇が無ければ見向きもされない。武力を持つ警察官は市民を統率し、軍人は尊敬を集める。人は自分より劣る者には従わない。それが現実だ」

「軍事政権でも目指すつもりか?」

「軍事? 違うな。超能力政権だ。C機関もF機関も自分で物事を考えられない連中の集まりだ。餌を与えられ、飼い馴らされて、従属する事に満足しているグズだ」


 僕は鼻で笑った。こいつは何も分かってない。超能力を天から与えられた素晴らしい力だとでも思ってるみたいだ。そして自分達こそが選ばれた人間だと。


「何故笑う」

「おかしいからさ」

「何がおかしい」

「超能力なんて、ろくなもんじゃないって事だよ。そのご自慢の超能力で、お前は何ができるんだ?」

「何でもできる。俺はだ」

「じゃあ、どうして今こんな風に追い詰められてるんだ?」

「俺が追い詰められているだと? お前……」


 多倶知は僕に洗脳が効かなくて焦っている。僕の顔をしばらく睨み付けて、そこでようやく思い出したみたいに言う。


「お前……もしかしてS局のスタジオにいたか?」

「今頃思い出したのか」

「いや、薄々感付いてはいた」


 何が「感付いていた」だ。最初は気付きもしなかったくせに。間抜けだと思われたくなくて、負け惜しみを言うな。


「はぁ、はは、お前だったのか……」


 多倶知は笑う。何も状況は好転していないのに。洗脳が効かなかった原因が分かって安心しているんだな。所詮は小物だ。つまらない奴。


「言うまでもないと思うが、僕には超能力は効かない」

「そうみたいだな」

「仲間の救援も期待するな。僕は全ての超能力を封じられる」

「そうかよ……」


 多倶知は胸座を掴んでいた僕の手を振り払うと、ジャージの上着のポケットからジャックナイフを取り出した。

 僕はバッグから折り畳み傘を取り出して柄を伸ばし牽制する。

 お互いに睨み合って一拍後、転校生は自分で自分の腕を突き刺した。


「わああああーーっ!!!!」


 そして大声を上げる。突然の奇行に、僕は気でも狂ったのかと動揺した。

 たじろぐ僕に多倶知はナイフを投げ付けて逃走する。

 僕はバッグを盾にしてナイフを弾くと、急いで後を追った。


「待てっ! 絶対に逃がさんぞ!」


 角を曲がって見失っても、血痕が数m間隔で落ちているから、追跡は難しくない。それにいくら自傷でも、かなり深く刺していた様に見えた。逃げ続けるのにも限界があるだろう。


「助けてくれ! 誰か助けてくれ!」


 多倶知は大声で助けを求めて叫び出す。こいつ、被害者を演じるつもりか! どこまでも卑怯な奴!

 僕は構わず追うけれど、意外と多倶知の足が速くて、なかなか距離が縮まらない。このままだと取り逃がしてしまうかも知れない。こっちにも誰か救援が来ないのか? やっぱり一人で出るべきじゃなかったのか……。

 幸い、平日の真っ昼間という事もあって、学校周辺には通行人が少ない。人に見付かる前に奴を止めないと。そう思っていたんだけど……四つ目の角を曲がった所で、僕は多倶知を見失った。血痕も途絶えている。


 ここで誰かと合流したんだろうか? 僕は立ち止まって周囲を見回したけれど、誰もいない。

 ああ……取り逃がしてしまった。結局、誰も僕のフォローには来てくれなかった。身勝手が過ぎたって事なんだろうか……。

 僕は意気消沈して一人で研究所に引き返す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る