復讐の時

1

 カウンセリングルームを後にした僕は、もやもやした気持ちを振り払うために一階のジムに向かった。

 こういう時は体を動かすに限る。じっとして何もしていないと、良くない考えに頭が支配される。溜め込んだエネルギーは、どこかで発散しないといけない。

 健全じゃない精神状態だと思考も健全じゃなくなると、炭山さんが言っていた。


 ジムの責任者である有徳ありとくさんは、筋肉ムキムキのおじいさんだ。一人でこのジムを切盛りしている。少しお節介な所があって、体の細い人や太っている人を見ると、もっと筋肉を付けさせたいと思うらしい。まあ、気の好いおじいさんだ。

 他に人がいない時は、僕は有徳さんにトレーニングの手伝いをしてもらっている。


「おう、向日くん! 朝から早いね」

「ちょっと体を動かしたい気分で」

「嫌な事でもあったんかい?」

「まあ……そうですね」

「へへ、顔に出とるぞ。まあまあ、余計な事は汗を流して忘れるに限るね」


 バーベル上げにスクワットにランニング、一時間強の運動を終える頃には、すっかり疲労して邪念も吹き飛んでいる。

 その後は早めの昼食を取って、自分の部屋に戻って休んでいた。ジムで運動して疲れていたためか、そのつもりも無かったのに、うっかり午後まで眠ってしまった。

 目覚めた僕は、大きな伸びをして勉強でもしようかと思い付く。


 ……だけど、二時間が経って勉強に疲れ始めた頃、心が落ち着かなくなる。頭に浮かぶのは例の転校生――多倶知の事ばかりだ。

 何とか奴と話をする事はできないか? 奴は何を思って解放運動に参加したんだ? いつから人を操る超能力に目覚めたんだ? 今は何を考えているんだ? どうにかして奴と連絡を……。

 少ない知恵を絞りに絞って、過去の事を餌にすれば、多倶知を釣り出せるんじゃないかと僕は閃いた。奴は超能力者の「生駒カルト」として、芸能界で第二の人生を歩もうとしている。過去を暴かれたくはないだろう。

 ――SNSでメールを送るとかできないか?

 誘いかければ乗って来るという確信が、僕にはあった。

 都合の好い事に、明日はカウンセリングが無い。日富さんに心を読まれたら、全部終わりだ。今日か明日の内に、どうにか連絡を取りたい。市内のネットカフェにでも出かけて、ちょっと探りを入れてみようか? 芸能活動を始めるつもりで、ブログを開設していたりしないかな?

 こんな事を考え始めると、もう勉強は手に付かない。



 午後三時半、僕は外出届を提出して、一人で市街地に出かけた。本当は一人で外出しちゃいけないんだけど、敢えて規則を破る。

 良くない事だと分かっている。日富さんにも止められた。だけど、転校生との因縁は僕だけの物だ。僕自身の手で終わらせたい。

 僕は何食わぬ顔で久遠ビルディングから出ると、バスに乗って市内の繁華街に移動する。そして24時間営業のネットカフェの中に入った。ネットカフェなんて今まで利用する事は無いだろうと思っていた場所だったけど……。

 個室に入った僕はパソコンの電源を入れて、ウェブブラウザを開く。インターネットの使い方ぐらいは中学校の授業で習っている。

 まずは検索サイトで「生駒」「超能力」と入力。……なかなかそれっぽいサイトは引っかからない。諦めて他の単語から探してみる。「S局」「ワールド・ワンダー・ワールド」「超能力」で検索すると、匿名掲示板のあるスレッドがヒットした。

 ちょっと覗いてみようとクリックすると、ある書き込みが目に入る。



これM氏のブログ?

h ttps://pjblogs.jp/ikigoma_esp/



 先にリンクを確かめたっぽい他の人達のレスを見てみると、どうやら準備中のブログみたいだ。「マジじゃん」「こんなのよく見付けたな」とレスが付いている。

 M氏とはマインドコントローラーの事らしい。イニシャルのMCのもじりでM氏になって、そのままスレッド内で広まったという、しょうもない由来だった。

 変なサイトではなさそうだったので、クリックしてみると……ジャンプ先は、本当に準備中の真っ白なブログ。ただプロフィール欄は少しだけ書かれている。



生駒カルト (いきごま かると)

エース・プロダクション所属

サイコ・ドミネーター



 所属事務所まで書いてあるって事は、もう芸能界デビューは決まっているんだな。

 プロフィールの下にはブログ主にメッセージを送る欄がある。メッセージを読めるのはブログ主だけで、承認されなければ公開されない仕様になっているみたいだ。

 ……転校生・多倶知選証は多分この人だ。この人のはずだ。……本当に? 本当に本当? ええい、今になって迷ってどうする!

 とにかくダメ元でメッセージを送ってみよう。悪戯いたずらだと思われても構わない。

 僕は震える手でキーボードを打った。



多倶知選証

明日、北中で待っている

正体をバラされたくなかったら一人で来い



 メッセージを送る前に文章を見直す。……どう見ても怪文書だ。でも、このぐらいの方が逆に良いかも知れない。正体不明感が出て、相手も警戒するだろう。

 だけど脅迫だと思われて警察に通報されると困る。ちょっと書き直そう。



多倶知選証さん

明日、大事なお話があります

北中で待っています

一対一で話をしましょう

もし来なかったり、他の人を連れて来たりしたら



 そこで手が止まる。……具体的に何かするって書くと、脅迫になるかも知れない。多倶知の名前を出している事から深読みしてくれないか? 一番最後の行は削除した方が良いだろうか?

 緊張と興奮で指先が震える。どこを直そうかと思っている内に、誤って送信ボタンをクリックしてしまった。


「あっ」


 ああー、送ってしまった! もう取り返しが付かないぞ。


「ああーー……」


 僕は顔を覆って長い溜息を吐く。一分、二分、時間だけが過ぎる。まあ……やってしまった以上はしょうがない。僕も覚悟を決めよう。

 僕はブラウザを閉じるとパソコンの電源を切って、ネットカフェを後にした。

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