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三十分の休憩を挟んで、再び番組の収録が始まった。まだ大原美暖は戻って来ていないけれど、一人を待って、収録を先延ばしにする訳にはいかないんだろう。他の出演者達にも予定があるだろうし。
「美暖ちゃんは大事を取って医務室で休んでいます。命に別状は無いそうです。生駒さん、どうも済みません。あそこまで彼女が虫嫌いだとは我々も知らなくて。番組の企画として軽率でした。これ全部、
「いえ、こちらこそ。もう少し配慮してあげるべきでした」
ブレインウォッシャーとやり取りした後に、司会者は観覧席を見回した。
「えー、では、お客さんの中でマインドコントロールを体験してみたい方はいらっしゃいませんか?」
信じる信じないじゃなくて、あんなところを目の前で見せられたら、誰でも怖いだろう。手を上げる人は一人もいない。
そこでブレインウォッシャーが自分から提案する。
「この間みたいに、会場の皆さんに何かさせましょうか?」
「え?」
「ぐるぐる回ってもらいましょう」
ここが自分のフォビアの使い所だと、僕はブレインウォッシャーを睨む。過去の転校生の姿を重ねて。八つ当たりみたいだけど、悪く思うな。
ブレインウォッシャーは人差し指をぐるぐると回したけど、誰も反応しない。僕のフォビアが効いている……多分。
ブレインウォッシャーの顔から余裕が消える。
「おかしいですね……」
お前の思う通りにはさせないぞ。あの時の僕の苦しみを味わうが良い。どうしようもない無力さを噛み締めて絶望しろ。これがフォビアの悪い使い方だ。悪意を持って人を陥れる……。過去に開道くんがやっていた様に。そしてブレインウォッシャー、お前もまたそうなのか?
「どうも今日は調子が悪いみたいです」
ブレインウォッシャーは取り乱したりせず、平然と言った。内心は焦っているのかも知れないけれど、表に出なければ分からない。
誰も超能力の事は知らないから特に怪しんだりせず、ブレインウォッシャーの説明を聞いて、そんな物だと受け止める。
「そうなんですか?」
「
「美暖ちゃんにはあんなに効いたのに……」
「彼女とは相性が良かったんでしょう」
相性の問題じゃないはずだ。それなのに平然と嘘が
……そんな事、できやしないんだけど。
二度目の超能力が不発に終わったブレインウォッシャーは、ゲストの席に着いて、レギュラー陣と同様に見る側に回る。
その後は別撮で編集された怪奇現象や何やらの再現映像を見て、レギュラー陣が感想を言い合うだけだ。
僕は嘘か本当かも分からない様な霊だとか神秘だとかいう話は聞き流して、適当に周囲とリアクションを合わせながら、引続きブレインウォッシャーを監視した。
収録開始から約三時間後、ようやく収録が終わった。スタッフの案内で、観覧席の人達はぞろぞろとスタジオを後にする。
僕は最後の最後までブレインウォッシャーから目を離さない。
ブレインウォッシャーは他の出演者達とにこやかに話している。ここから芸能界に食い込んで、その能力で裏から影響力を強めるつもりなんだろう。そうはいかない。僕がいる限り、お前達の好きにはさせないぞ。
スタジオに残っている観覧者は、僕を含めて数人だけになったから、僕もそろそろ退出口へと歩き始める。その時、背後から声がかかった。
「そこの人!」
僕は無視しようと思っていたのに、足が止まってしまう。ブレインウォッシャーの仕業なのか? 僕は自然に振り向いてしまう。
ブレインウォッシャーは考え込む様な仕草をして、僕に問いかけた。
「……どこかで会った事があるかな?」
鎌をかけているのか? それとも……こいつ、もしかして本当に転校生なのか?
それなら鎌をかけ返してやろうと、僕はブレインウォッシャーを真っすぐ見据えて言った。
「多倶知!」
「何だと……」
ブレインウォッシャーは硬直して目を見開き、明らかに動揺していた。他の人達が「タグチって誰だ?」って顔をしている中で、一人だけジッと僕を睨んでいる。
ああ、本当に転校生だったんだな。僕は確信を持つ。こんな偶然が……。だけど、僕の正体には気付いてないみたいだ。奴にとっては僕なんか、その程度の存在だったって事だろう。
僕は口の端に自嘲の笑みを浮かべて、ブレインウォッシャーに背を向ける。
「おい、待て!」
ブレインウォッシャーは僕を追いかけて来たけど、僕は振り向かない。スタジオから出ると駆け足で人の中に隠れる。
そして諸人さんと合流して、小声で言った。
「Fを使ってください」
「どうしたんだい?」
「ブレインウォッシャーが追って来ます」
「分かった」
諸人さんは相貌失認のフォビアで、人の顔を分からなくする。もうブレインウォッシャーは多くの人の中から僕達を見付け出せない。
どうして洗脳が効かなかったか、お前には分からないだろう。いつ超能力が不発になるかも知れない恐怖を抱えて過ごすがいいさ。
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