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 深層JAPANの収録日前日、僕と諸人さん、それと浅戸さんの三人は新幹線で東京に向かう。僕は東京には過去一度しか行った事が無かったんだけど、浅戸さんの案内で特に迷う事は無かった。諸人さんも東京には縁が無いと言っていたから、浅戸さんがいてくれて本当に良かった。頼れる人だ。


 僕達はビジネスホテルで一泊してから、翌日にS局のスタジオに行く。その前に浅戸さんがスタイリストの人を呼んで、僕と諸人さんの髪型や服装を変えさせた。

 一応は番組の収録に立ち会うんだから、ある程度はお洒落に、でも周囲から浮き過ぎず、目立ち過ぎない様にしなければならない……らしい。

 僕達はこれから秘密作戦を行う。誰が誰だか分からないくらい、周囲に溶け込ませるという事だろう。諸人さんがいるのも、そのためだ。

 スタイリストの人が用意してくれたのは、ボーラーハット、黒縁眼鏡、パーカー、チノパン、ウールスニーカー。眼鏡には度が入っていない。

 こういう服装をするのは初めてだけど、他にも同じ様な服装の人がいるのかな?

 諸人さんは諸人さんで、髪型をオールバックにして、色付きのサングラス、ミドルのコート、ジョガーパンツ、シークレットブーツで決め、全くの別人みたいだ。普段はくたびれたおじさんなのに……と言ったら失礼だな。



 S局のスタジオの近くまでバスで移動して来た僕と諸人さんは、隣同士の席だけど別々にスタジオに入る。おじさんと若い男の二人連れは、ちょっと怪しまれる可能性があるから、偶々席が隣になった風を装うんだ。席は隅っこの方だから、そんなに目立ちはしないだろう。

 ジュニアアイドルがレギュラーで出演している番組だからか、観覧席には若い女の人が多い。画面の映えのためか、女性が観覧席の真ん中の方に固まっていて、男性は端っこの方に点々といるだけだ。



 そして収録が始まる。観覧席にいる僕達がやる事は少ない。静かに出演者の話を聞きながら、拍手をしたり「おー」とか「わー」とか声を上げたりするだけだ。空気を読む能力が試される。

 収録開始から一時間後、遂にブレインウォッシャーが現れた。


「皆さん、お待たせしました! 今日のゲストは謎の超能力者三号、マインドコントローラーです!」


 僕は心の伴わない拍手をしながら、彼を凝視する。相変わらずマントを被っていて正体は分からない。


「先週放送されたワールド・ワンダー・ワールドでテレビ初出演ながら、ちょっと信じられない様な超能力を披露されました。超能力者三号、マインドコントローラー。今日は彼の素顔をお見せしたいと思います。それでは……どうぞ!」


 ブレインウォッシャーの素顔が見られる。どんな奴なんだろうかと僕は興味を持って目を凝らした。

 マントの下から現れたのは……見覚えのある顔。忘れる訳もない。

 こいつ、転校生か!? 多倶知たぐち選証よりあき! ……いや、落ち着け。顔が似ているだけかも知れない。


 司会者は予想外に若い超能力者の素顔に驚いている。観覧席からも「わぁー」と、どよめきに似た声が上がる。


「えー、あなたが超能力者三号さん?」

「はい」

「本当に?」

「はい」

「お名前は?」

生駒いきごまです。生駒カルト」

「カルトって、凄い名前ですねぇ……」

「駆ける人と書いて、カルトなんです」


 ブレインウォッシャーの受け答えは実に堂々としている。恐れや緊張を全く感じていないみたいだ。

 僕はますます転校生を思い浮かべる。奴も同じだった。誰が相手であっても常に堂々としていて、言葉で人を操った。おまけに声まで似ている――様に感じる。

 あの転校生も超能力者だった……? それは考え過ぎだろうと思いたい。とにかくブレインウォッシャーと転校生は別人なんだ。そうに決まっている。名前も違うし、こんな偶然はあり得ない。だから落ち着いてくれ、僕の心臓。


 司会者は話を続ける。


「それでは、早速ここで超能力を披露してもらいましょう! お相手は……じゃあ、美暖みのんちゃん!」


 司会者はレギュラー陣の中から、若い女性アイドル・大原おおはら美暖みのんを指名した。僕でも名前を知っているぐらい有名な人だ。名前以外はよく知らないけど。

 大原美暖は大げさに驚いて見せ、恐る恐る席を立って中央に出て来る。ちょっと芝居がかっているかな。

 ブレインウォッシャーは司会者に尋ねた。


「この人にどんな事をさせれば良いんですか?」

「絶対にこの場ではやりそうにない事……って言ったら、何がある?」


 司会者は大原美暖に話を振る。

 大原美暖は困った顔をして考え込み、半笑いで答えた。


「んーー、下ネタとか?」

「いやいやいや、よく考えてね。それ実際やらされる訳だからね。アイドル生命終わっちゃうよ? 一生ネタにされるよ?」

「あ、やっぱりナシ! 今のナシで!」


 スタジオで笑いが起こる。皆の視線は大原美暖に集まってるけど、僕はブレインウォッシャーから目を離さない。


「えーと、それじゃあ……」

「はい、もう良いです。こちらで決めます。美暖ちゃんは虫がお嫌いみたいですね。特にゴキブリとか」

「えっ……」


 スタッフが水槽を乗せた台車を運んで来る。中には土が敷かれていて、何十匹というゴキブリが土の上でモゾモゾとうごめいていた。

 観覧席の女性が一斉に「キャー!」と悲鳴を上げる。耳が痛い。ちょっと遠くて見えない人もいるだろうに、半分ぐらいは雰囲気だけで叫んでいるな。


「いやいやいやいや無理無理無理無理」


 大原美暖は見るのも嫌だと、水槽から顔を背ける。虫嫌いじゃなくてもゴキブリが好きな人は少ないだろう。


「これから美暖ちゃんには、この水槽に手を入れてもらいます」

「無理無理! 無理だって!」

「それでは生駒さんお願いします」


 本気で嫌がる人気女性アイドルをスルーして、司会者はブレインウォッシャーに頭を下げた。

 次の瞬間、大原美暖が無言で水槽に手を突っ込む。さっきまで嫌がっていたのに、全く躊躇ちゅうちょもせずに。その表情は真顔だ。

 再び観覧席の女性が「キャー!」と声を上げる。

 ゴキブリは突然水槽に差し入れられた人の手に驚いて、必死に逃げ回っていた。

 大原美暖は大人しい一匹のゴキブリを捕まえて手の平に乗せ、そっと持ち上げて愛おしそうに見詰める。観覧席のどよめきも全く耳に入っていないみたいだ。

 余りの急変に司会者までも動揺していた。


「もしかして、もうマインドコントロールが効いてるんですか?」

「はい」


 司会者に聞かれたブレインウォッシャーは淡々と頷いた。


「うわぁ……」


 ゴキブリを指先でもてあそぶ大原美暖に、司会者は引いている。


「美暖ちゃん? 平気なの?」

「何がですか?」

「それ、ゴキブリだよ?」

「知ってますよ」


 本当にマインドコントロールされてしまったんだろうか?

 僕は灰鶴さんの事を思い浮かべていた。あの人も虫が嫌いだったな。同じ事をやらされたら、フォビアを大暴走させて大変な事になるだろう。


「では、解除します」


 ブレインウォッシャーは右手の指をパチンと鳴らした。

 同時に、大原美暖は両目を限界まで見開いて卒倒する。ゆらりと体が揺れたと思ったら、そのまま後方にバタンと。悲鳴を上げる余裕も無かった様だ。

 ゴキブリは床に落ちて動かなくなる。万が一逃げ出しても大事おおごとにさせないために、予め弱らせておいてあったんだろう。


「美暖ちゃん!? ちょっと、スタッフ! 早く来て!」


 スタジオは大騒ぎになって収録が一時中断する。観覧席の人達は口々に「あれって本当?」「ヤラセでしょう」「催眠術だよ」とか何とか言っている。

 まだ全員が全員、超能力を信じている訳じゃないみたいだ。意外と冷静と言うか、冷めた見方をしてるんだなぁ……。

 まあ僕が言うのも変だけど、超能力なんて非現実的だしな。

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