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 その日の夜、幾草が僕の部屋を訪ねて来た。


「勇悟、話がある」

「どうしたんだ? まあ、取り敢えず上がってって」


 僕は幾草を迎え入れながら聞いた。

 幾草は靴を脱いで、まじめな顔で言う。


「昨夜のワールド・ワンダー・ワールドって番組、見てたか?」

「見てたよ」

「見てたのか! 俺は全然見てなかったんだけどさ、クラスで話題になってたんだ。テレビでやべー事が起こってたって。ネットに動画も上がっててな……」


 僕は幾草をリビングに通して、お茶を用意した。僕が「どうぞ」と言うと幾草は「どうも」と返して、お茶を一口含む。それから僕は話の続きを促した。


「それで皆の反応はどうだった?」

「まず本気にする奴としない奴で分かれた。本気にしない奴は、最初からテレビには興味が無いか、どうせヤラセだろうって感じで。本気にする奴は、超能力は本当にあるんだとか、何かの陰謀に違いないとか言い出して」


 当然だけど、他にもあの番組を見ていた人がいれば、こんな風に話題になる。そうやって超能力を受け入れる人を少しずつ増やして行く計画なんだろう。


「幾草はどう思った?」

「俺は……俺は超能力の事を知ってるから、本物の超能力者が現れたと思った。C機関やF機関が取り零した、隠れた超能力者が現れたんだろうって」

「幾草は解放運動の事、知ってる?」

「ああ。まさか解放運動の仕業なのか?」


 幾草も解放運動に狙われるかも知れないという事で、登下校の際には護衛が付いている。だから解放運動がどんな組織かという事は知っている。


「確証がある訳じゃないけど、その可能性は高いと思ってる。僕もここの人達も」

「そうなのか……」

「学校では無関心を装って、余りこの話題に触れない方が良いと思う。近い内に結論が出るだろうから」

「分かったよ。なあ勇悟……」

「何?」

「いや、何だか頼もしくなったなと」

「よしてくれよ、そんな」


 僕は照れ臭くなって冗談めかして笑った。


 あの番組に解放運動が関係していると確定したら、徹底的に関係者を洗った上で作戦が実行されるだろう。その作戦には僕も出動する事になる……はずだ。なるよな? ならないって事は無いだろう。

 覚悟はできている。解放運動の思うままにはさせないぞ。



 翌日午前十時、僕は上澤さんから電話で三階の会議室に呼び出された。すぐに会議室に行ってみると、先に諸人さんが着席している。他に人はいないみたいだ。

 諸人さんは僕を見て尋ねる。


「向日くんかな?」

「はい。そうです」


 相貌失認の諸人さんは人の顔を覚えられないから、まず相手の名前を確認しないといけない。体格・服装・声・動作で大体は分かるらしいんだけど。


「今回の作戦は私と君だけで行うみたいだね」

「そうなんですか?」

「まあ副所長の話を聞こうじゃないか」


 諸人さんがそう言った直後に、副所長の上澤さんが入室して来た。諸人さんは耳が良くて、人の話の真偽や、人の気配を聞き分けられる。上澤さんが来るタイミングも分かっていたんだろう。

 上澤さんは会議室のホワイトボードの前に立って、僕と諸人さんに話しかける。


「おはよう。二人に重要な話がある。心して聞いてくれ」


 そう宣言されて、僕は緊張した。僕と諸人さんだけで何をしろって言うんだろう?


「まずは解放運動の新たな動きについてだ。解放運動は半月前、宗教法人・全教一崇教に接近して、ブレインウォッシャーを紹介した。そして信者を通じて、S局のある番組に出演させた。それがワールド・ワンダー・ワールド」


 そういう背景があったのか……。日富さんの予想は当たってた訳だ。


「ブレインウォッシャーはテレビ番組を通じて、信者を増やす計画の様だ。新興宗教と解放運動、両方のな。次にブレインウォッシャーが出演する予定の番組は、毎週日曜日に放送しているS局のバラエティ番組『深層JAPAN』だ。こちらもオカルト系と言えばオカルト系だが、想定されている主な視聴者層は十代でより若い。ここで再び超能力を披露すると見られている。これを……向日くん」

「はい」

「君に止めてもらいたい」

「はい。でも、どうやって?」

「この番組の収録は放送の三日前。幸運にもチケットを二枚入手してスタジオの観覧席を押さえられた。そこでギャラリーに混じって、ブレインウォッシャーの超能力を封じてくれ」

「はい」


 責任重大だ。それでも僕は怯まなかった。この異常な日々を僕が終わらせる。僕が終わらせないといけない。そういう使命感が上回っていた。


「有事の際には……諸人、君が向日くんを守るんだぞ。研究所の方は気にしなくても良い。留守は任せてくれ」

「はい」

「君達二人だけでは心細いかも知れないが、事を大きくせず収める方法は他にない。ブレインウォッシャーの超能力も完璧ではないと印象付ければ、局も彼を扱うのに慎重になるだろう。成功を祈る」


 こうして僕と諸人さんはS局のスタジオに向かう事になった。

 テレビ局のスタジオに入るのって初めてだ。普通なら楽しみなんだろうけど、これは遊びじゃない。気を引き締めて行こう。

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