5

 狂乱のままワールド・ワンダー・ワールドが終わって、次のドラマが放送される。ドラマは既に撮影が終わった物を放送するだけだから、異常な事は何も起こらない。

 あれは夢だったんじゃないかと、僕は自分の正気を疑いたくなる。僕は異常事態を目の当たりにして興奮していた。落ち着かない気持ちのまま、携帯電話を手に取る。

 幾草に電話しよう。幾草もこの番組を見ていたかも知れない。そして、どう思ったか聞きたい。この気持ち悪さを分かってくれるか……。

 僕が電話帳からショートカットを開こうとすると、間が良いのか悪いのか、逆に電話をかけられる。いきなり呼出音が鳴り出したから、僕は焦って携帯電話を落としてしまうところだった。

 誰からなのか確認すると……上澤さんだ。


「向日くん、番組を見たか!?」


 僕が電話に出ると、上澤さんが凄い勢いで聞いて来た。


って……」

「S局のオカルト番組だよ!」

「ワールド・ワンダー・ワールド?」

「そう、それだ! やっと話が通じる!」

「どういう事ですか?」

「いやそれがな、どいつもこいつもい年こいてオカルト番組なんか見ないって言うんだよ! はぁ、嘆かわしい!」


 あの番組を見ていたのは、僕と上澤さんだけだったって事か……。

 僕は上澤さんに聞いてみる。


「上澤さんは、何だったと思いますか?」

「分からない。だが、尋常でなかったのだけは確かだ。解放運動と関係があるかも知れない。今日は十五夜だしな」


 何かを知っているとか掴んでいる訳じゃないのか……。

 僕はちょっとがっかりしながらも、自分の考えを言う。


「吸血鬼……とは考えられないでしょうか? 催眠術が使えるんでしたよね」

「違うと思う。奴は確かに強力な超能力を使うが、私達の調べでは、奴の催眠術は視線を合わせる必要がある。故に一対一でしか通じない。推測ではあるが……はフォビアの一種だろう。もしかしたらブレインウォッシャーかも知れない。朝から晩まで働き詰めで、インターネットに依存する傾向のある現代人はマインドコントロールを受け易いと言うが、それにしても異常だ」

「ブレインウォッシャーとは?」


 聞き慣れない名前だ。解放運動のメンバーの一人なんだろうか?


「新たに解放運動に加わったと目されている超能力者の一人だ。フォビアの詳細は不明だが、複数の人間を操る事ができる」

「解放運動の仕業だったとして、目的は何でしょうか?」

……だと思う」

「犬笛?」

「犬には人間には聞こえない周波数の音も聞こえる。転じて、特定の人間にだけ通じるメッセージの事だ。知らない者には普通の言葉や意味の通じない言葉にしか聞こえないが、知っている者だけには伝わる」

「どういうメッセージを伝えたんですか?」

「そこまでは分からない。だが、もし犬笛ならどこかで誰かが行動を起こすはずだ」


 上澤さんは慎重な物言いをする。組織の責任者として、証拠もないのに断定する訳にはいかないんだろう。


「例えば……全教一崇教の信者とか?」

「おっと、よく知っているな。断定はできないがね。そっち方面は公安がマークしているから、動きがあれば分かるだろう。今日の番組は録画しておいてある。明日……皆に見せようと思う」

「それが良いです」

「君も皆と一緒に見るかい?」

「僕はもう見たんで……。まともに見てると頭がおかしくなりそうです」


 あんな映像を何度も見たくはない。それが僕の正直な気持ちだった。

 上澤さんは小さく笑って言う。


「そうだな。もう夜も遅い。早く寝た方が良い」

「はい」


 僕は電話を切って溜息を吐く。何も起こらなければ良いなんてのは希望的観測だ。この期に及んで、そんな事は期待しない。

 焦るな、焦るな。僕は自分に言い聞かせる。心配事は尽きないけれど、F機関やC機関の人達もいる。僕は一人じゃない。

 僕は大あくびをして、ベッドに横になった。上澤さんが電話してくれて良かった。僕一人だけあの番組を見ていたら、今も悶々とした気持ちを抱えたままで、眠れない夜を過ごしただろう。



 翌朝、僕は起床と同時にリモコンでテレビの電源を入れて、各局のニュース番組を巡回した。

 どこも昨夜の事には言及していない。当のS局も何事も無かったかの様に、普段と変わらない内容を放送している。あれは本当に何だったんだろう?


 そして午前九時、いつものカウンセリングの時間。僕の心を読んだ日富さんは驚いた顔をした。


「向日くん、本当にあんな番組が放送されていたんですか?」

「本当ですよ。僕の妄想だって言いたいんですか?」

「いえ、そういう意味ではなく……」

「まあ信じられない気持ちは分かります。日富さん、あの番組……S局のワールド・ワンダー・ワールドについて何か知ってませんか?」


 僕の質問に対して、日富さんは躊躇ためらった様に短い沈黙を挟んでから答える。


「……同局の幹部に、怪しい団体と繋がりを持つ人物が複数いるとは聞いています。他局にも当然いますが、もっと危険と言うか、かなり深入りしている様です」

「その人達があの番組を企画したって事ですか?」

「少なくとも無関係ではないでしょう。問題はあの光景を見て手を引くか、のめり込むかですが……」

「解放運動はこの機を逃さないと思います」


 僕の意見に日富さんも頷いてくれる。


「はい。S局には今後も注意しておかなければいけませんね」


 また似た様な企画が始まるかも知れないし、もしかしたら既存の番組に誰かをゲストとして招待するかも知れない。とにかく解放運動は隠れる事をやめたんだ。新たなオカルトやスピリチュアルのブームを起こして、再び堂々と日本の現実社会に進出するつもりなのか……。

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