月が空に満ちる時

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 数日後の朝七時、朝食を取り終えた僕は、自分の部屋でぼんやりとニュースを見ていた。天気予報は晴れ。雲も少なく、今夜は中秋の名月が見られるでしょうと女性のアナウンサーが言っていた。

 十月、月が空に満ちる時……。旧暦八月の十五夜、中秋の名月は、毎年九月の初旬から十月の初旬の間で変動する。今年は遅い方だ。十五夜であっても必ずしも満月とは限らないのがややこしいけど……。

 もし「月が空に満ちる時」が十五夜を指すのだとしたら、近い内に何か起きるんじゃないかと僕は予想した。


 九時のカウンセリングで僕は日富さんに、その予想を伝える。


「今夜、何かが起こると?」

「そんな気がします」

「あなたの予想は分かります。もしかしたら、その通りになるかも知れませんね」


 日富さんは僕の予想を否定しなかった。


「だったら何か……できる事は無いんでしょうか?」


 そうなると分かっていて、むざむざ見過ごして良いのか? そんな焦りに似た気持ちが僕の中で渦を巻いている。


「ありませんね。『いつ』が分かっても、『どこで』『何が』起きるのか分かりません。せめて場所の特定だけでもできていれば、まだやり様はあるんですけど」

「それなりに大きな事だと思います。例えば……国会議事堂を乗っ取るとか」

「そんな事をしても解放運動にメリットは無いでしょう。破滅願望でもあるのなら、話は違いますが」


 多くの一般人を敵に回す事はしないと、日富さんは思っているみたいだ。

 政府や政治家を攻撃しても、多くの人の支持は得られないだろう。逆に危険な集団と認識されて警察に排除される。

 僕も解放運動に破滅願望があるとは思わない。


「日富さんは解放運動が何をすると思いますか?」

「……分かりません」

「飽くまで予想です。奴等が何か大きな事をするとしたら、どこで、何を?」

「単独で何かをするとは思えません。そこまでの組織力は無いはずです」

「他の組織と手を組んで何かやるって事ですか?」

「そうですね。という前提で言えば」

「例えば?」

「例えば……どこかの勢力と協調して、もしくは乗っ取って」

「解放運動と手を組みそうな組織に心当たりはありますか?」

「宗教ですね。特にカルト的な新興宗教。神懸かり的な物や、霊感を前面に押し出しているタイプの……神秘主義的な、アセンション的な。超能力はそういう物との相性が良いですから」

「具体的に名前を言ってもらえますか?」


 僕の追及に日富さんは困った顔をした。先入観で疑惑の目を向けさせる訳にはいかないと思っているんだろう。僕だって分かっている。

 日富さんは少し間を置いて、ゆっくり答えた。


「弱小勢力ではいけませんね。少なくとも全国的に名の知れた組織を使うでしょう。政界とのコネクションもあれば尚良し……といったところでしょうか」

「それはどこなんですか?」


 僕が答えを急かすと、日富さんは長い沈黙を挟んで呟く。


全教一崇ぜんきょういっすう教……」

「そんなのがあるんですか?」

「全ての宗教の起源は一つだと主張している、よくある新興宗教の一つです。神道、仏教、キリスト教、イスラム教等の様々な既存の宗教を混ぜ合わせた教義を持ち……まあ、向日くんは知らなくても良い世界です」

「その全教イッスー教ってのと、解放運動はどんな関係があるんですか?」

「深い関係があるかは分かりません。両者が接触したという詳細も不明な噂があっただけです。他にも関連を疑われた宗教団体は多くあります」

「でも全教一崇教が怪しいと、日富さんは思っているんですよね?」

「確証はありません。ただ、利用するならこの程度の団体が好都合だろうと。それなりの規模があって、霊感的な信仰があって、政界とのコネもあって、選民思想的で野心もあって、少し落ち目で」

「落ち目?」

「勢力に衰えが見られるという事です。人口が減少している国ですから、どこであっても勢力拡大は難しい状況には変わりありませんが、その中でも凋落が著しく焦っている様です」

「日富さんはどこからそんな情報を?」

「公安ですよ。落ち目の宗教は――特に新興であれば、かつての隆盛を忘れられずに起死回生の一手のつもりで極端な手段を選ぶ事があります。公安はそれを警戒しているんですね」

「その逆転の一手が超能力者を取り込む事……?」

「まあ可能性の話です。全然見当違いの可能性もありますから、私の予想なんか本気にしてはいけませんよ」


 日富さんは軽い調子で言った。

 新興宗教と手を組む……。あり得なくはないけど地味過ぎると思う。

 僕は納得できない気持ちで、自分の部屋に引き返した。

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