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 僕が拾い上げたクモのオモチャをジッと見詰めていると、背後から弦木さんが声をかけて来た。


「向日くん、いつここに来た?」


 僕は振り向いて答える。


「ついさっきです。クモ女に仲間がいるとしても、そう遠くには逃げてないと思うんですけど……。あ、それと公安の人達が応援に来るみたいです」

「分かった。俺達は引き続きクモ女の捜索を続ける。向日くんも一緒に来てくれ」


 弦木さんと一緒だったC機関の二人も、目を覚まして起き上がっていた。

 金縛りの人が忌々しさを露わにして呟く。


「抜かった。クモ女がここまでの力を持っているとは思わなかった。幻覚とは分かっていたんだが……」

「とにかくクモ女を探すぞ」


 拳の人はその場で足を止めて両目を閉じた。探すぞと言っておいて、この人は何をしているんだろうと僕は注目する。

 弦木さんと金縛りの人も動こうとしない。

 数秒間の沈黙を挟んで、拳の人は目を開けた。


「まだいる。屋上に三人」

「分かった。俺が止める」


 間髪入れず金縛りの人が宣言した。金縛りのフォビアを使う気だ。

 ここから止められるのか? 相手の姿も見えないのに? いや、できるから宣言したんだろうけど。

 拳の人が人の気配を察知できるのも不思議だ。諸人さんや由上さんみたいに、個人でフォビアとは別の超能力を持っている?

 それだけじゃない。拳の人は右手を握って、天井に向かって拳を振り上げた。


「一発! 当たったぞ、手応えありだ」


 気配察知から金縛りで動きを止めて、一方的に攻撃している!? こんなのありか!? これがC機関の本気! 敵じゃなくて良かったと本気で思う。

 拳の人は何度か上空に向かって拳を振るった後、小さく息を吐いた。


「こんなところだろう。所詮は半端者の寄せ集めだ」


 強気な言葉からは自分の能力に対する絶対的な自信が窺える。……その割にはクモ女一人に完封されてたんだけど、あれは相性が悪かったのかな?


 僕達は改めて屋上を目指す。四階・五階を素通りして、僕達は慎重に階段を上る。先頭は拳の人、その後に弦木さん、金縛りの人と続いて、僕は最後尾。

 天井の所々にクモの巣を見かけて僕は警戒するけれど、これは本物のクモの巣だ。

 ここの階段には僕達より先に駆け上がった靴の跡がある。フォビアを無効にされたから、急いで上の階に逃げたのかな? 靴のサイズはどれも大きくて、全部成人男性の足跡に見える。クモ女の足跡は無い? 他の足跡に紛れているだけだろうか?



 僕達が屋上に出てみると、三人の男性が屋上に倒れていた。多分、拳の人に殴られてダウンしているんだろう。

 だけど……その場には四人目がいた。黒いマントと白い仮面を着けた、怪し過ぎる人物。何が怪しいって、こいつは宙に浮いている。吸血鬼……なのか?


「C機関とF機関の者だな? 私は制定者、超能力解放運動のリーダーだ。今日こうしてここに現れたのは他でもない、諸君に宣戦布告するためだ」


 これが制定者……? 俄かには信じられなくて、僕は他の三人の反応を窺った。

 弦木さんは真っすぐ制定者の方を見ている。一方で、C機関の二人はしきりに周囲を警戒していた。


「臥龍飛天の時は近い。月が空に満ちる時、諸君は驚くべき物を目にするだろう」


 演説を続ける制定者だけど、C機関の二人は小声で話し合う。


「半径10m以内に人の気配はない。あれは張りぼてだ」

「だとすると、動きを止めても無意味か……」


 二人の冷静さに僕は感心した。あれが人間じゃないと見切っているんだ。

 確かに、強風の中でマントのはためき方がおかしい。明らかにマントの中身が人型じゃない。手や足が無くて、カカシに仮面とマントだけを括り付けているみたいだ。声も不自然にこもっている。録音を再生しているだけなのかも。


「さらば諸君。さらば現代社会よ。その後の世界を見られない諸君は可哀そうだ」


 あっ、嫌な予感がする! 自爆するんじゃないか!?


「危ない!」


 僕は思わず叫んでいた。

 僕のフォビアで何とかならないか!? いや、間に合わない! 皆死んでしまう――と思った次の瞬間、パンと軽い音がして張りぼての制定者が木端微塵に寸断される。

 絹漉きぬごし豆腐を天突きに押し込んだ様に、一瞬でさいの目状に寸断されてバラバラになる張りぼて。弦木さんのフォビアだろう。

 爆発は……起こらなかった。僕の杞憂だったのか、それとも弦木さんがフォビアで攻撃したから不発になったのかは分からない。

 どっちにしても、これで一安心だ。無意味に叫んだ恥ずかしさは水に流そう。僕は脱力して溜息を吐く。


 これで終わったんだろうかと、僕は辺りを見回す。屋上に倒れている三人の正体も気になる。ただ……クモ女の姿は見えない。クモだから女のはずだ。

 クモ女も確かにビルの中にいたんだ。そうじゃなかったら、僕が見たクモの幻覚は何だったんだって事になる。何十mも離れていても有効なフォビアの可能性もあるけれど、もしもそんな事ができるなら、どんなに用心しても防ぎ様がない。

 今ここで僕が心配してもしょうがないか……。


 C機関の二人は倒れている三人の男性の様子を見に向かう。この三人も解放運動の仲間なんだろうか?

 その間、僕と弦木さんはバラバラになった張りぼての残骸を調べた。寸断された黒い布切れはマント、白いプラスチックの破片は仮面だろう。真っ黒なゴム状の切れっ端は……風船? マント以外の白や黒の布切れも散らかっている。ゴム風船に服を着せていた? それと機械の部品も転がっている。爆弾……いや、音声を再生していた機械かな?

 そうこうしている間に、公安の人達が追い着いて合流した。

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