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 ただ外で待つ――それだけの事なのに、とても緊張している。僕が落ち着かない気持ちで何度も深呼吸をしていると、C機関の環境音の人が話しかけて来た。


「君さ、本当に超能力を無効にできるの?」


 いきなりで驚いた僕は、どもりながら答える。


「え? え、はい」


 そう答えると環境音の人は黙り込んでしまった。フルフェイスのヘルメットのせいで表情は分からない。無効化のフォビアを信じられないんだろうか? でも気安く使える能力じゃないから、実演して見せる訳にもいかない。

 そもそも実演したところで、本当に僕のフォビアの影響かも分からないよな……。何かを引き起こす能力じゃないんだから。


 気まずい沈黙の中で、「かっこう」のメロディが鳴る。一度目の連絡だ。

 ビルの中はどうなっているんだろう? 道行く人はまばらだけど、時々何人か振り向いて僕達を不審の目で見る。

 僕はシールドを上げているけど、やっぱりヘルメットを被っていると不審者みたいに見えるんだろう。空きビルの前にいるから余計に。


「通行人に警察呼ばれたらどうしましょう?」


 僕は話題作りに、それとなく環境音の人に話しかけた。


「公安に話は通してあるから大丈夫でしょ」


 普通のお巡りさんに公安の話って通じるんだろうか? 慣れてるっぽいから環境音の人に任しておけば良いんだろうけど。……良いんだよな?

 まあ気にしていてもしょうがない。それより突入した弦木さん達は、今頃どうしているだろうか……。

 待つだけってのは退屈だ。僕の出番が無いに越した事はないんだけど。


 二回目の「かっこう」が鳴る。また環境音の人が僕に問いかけて来た。


「何でカッコーなの?」

「えぇ……何でって言われても困るんですけど」


 何でそんな質問をするんだろう? いぶかる僕に環境音の人は言う。


「カッコーじゃなくても良いじゃんね」

「『かっこう』嫌いなんですか?」

「好きか嫌いかで言えば嫌い」

「ウグイスに変えましょうか」

「カッコーじゃなければ何でも良いから、そうして」


 そんなに嫌いなのか……。


「今度からそうします」


 今度がいつあるか分からないけど。

 大して守る気もない約束をした後、僕は大きな溜息を吐いて、空を見上げる。晴れているけれど雲が多い。秋によく見られるうろこ雲が、空の半分を覆っている。

 一度、携帯電話で時刻を確認する。前の着信から五分、そろそろ次の「かっこう」が鳴る頃。


 ……だけど、それから数分経っても「かっこう」は鳴らなかった。

 もう二分程で十分が経ってしまう。僕は心配になって、そわそわした気持ちで環境音の人に話しかけた。


「そちらは連絡がありましたか?」

「いいや」


 環境音の人は短く答える。


「どうしましょう……」

「どうもこうもない。やる事をやるだけだよ」


 その通りなんだけど……もう少し、こう気の利いた言葉を頂けないものだろうか? 甘えるなって事なのか?

 僕があわあわしている間にも時間は過ぎて、十分が経ってしまう。こうなったら覚悟を決めるしかない。

 僕は指先の震えを堪えて、復元さんに電話した。


「復元さん、問題が発生しました」

「どうなった?」

「十分間、連絡がありません」

「分かった。すぐそちらに向かう」

「僕は先に突入して様子を見て来ます」

「頼むぞ。後から公安の応援も駆け付ける。まずは慎重に、無理はするな」


 通話を終えた僕は大きく深呼吸をして、環境音の人に呼びかけた。


「行きましょう」

「え? 私は行かないけど」

「な、何故?」

「私の能力は戦闘向きじゃないから。環境音を消して、通行人に異変を察知させない様にするのが、私の役目」

「そうだったんですか!?」


 知らなかった。この人も有事の際には一緒に戦ってくれると思ってた。

 いや、だけど僕のフォビアだと他の人の超能力まで無効にしてしまうから、もし戦闘向きのフォビアを持っていたとしても関係ないか……。

 とにかく僕一人で行かないといけないって事だ。僕は大きく深呼吸をして気合を入れる。


「……よし!」


 何も良くはないけれど、うだうだ迷っている場合じゃない。弦木さん達が危険な状況かも知れないんだ。


 僕は一歩一歩確かめる様に足を進めて、廃ビルに乗り込んだ。自分でも酷く緊張しているのが分かる。怖い……けど、勇気を出なきゃ。

 行くぞ、行くぞ、やるぞ、やるぞ。

 心の中で呪文の様に唱え続けながら、僕は観音かんのん開きの厚いガラスのドアをゆっくりと押し開けた。

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