戦いの中へ

1

 開道くんの事が心配で、夜はまともに眠れなかった。

 なかなか寝付けないまま早起きしてしまった僕は、ずっと気分が優れない状態で午前九時のカウンセリングを受ける。日富さんに心を読まれている間、僕は寝不足が祟って初めて眠ってしまった。

 目を覚ました僕に、日富さんはいつもと変わらない態度で話しかけて来る。


「ずっと開道くんの事を心配していたんですね」

「……ええ、はい」


 僕は深呼吸をして、大きく伸びをしながら答えた。背中の関節がポキポキと鳴る。どのくらいの時間かは分からないけれど深く眠ったお蔭で、ちょっと頭の中がすっきりしている。


「まだ開道くんは帰って来てないんですか?」

「はい」

「それって……やっぱり解放運動の仕業なんでしょうか?」

「はい。後で副所長から詳細を話されるでしょう」


 そう言い切ったって事は、昨夜の内に何か分かったんだろう。

 日富さんは続けて言った。


「あなたは『敵』と戦うつもりなんですね」

「戦わないといけないって気持ちは、前からありました。運動公園で吸血鬼と遭遇した日から」


 僕は敢えて宣言する。毎日カウンセリングを受けているんだから、僕の内心なんて日富さんはとっくにお見通しなんだろうけど。

 日富さんは何て答えるんだろうか? 僕を止めるだろうか? 僕は日富さんの反応を待った。


「まあ、掛け合ってみても良いかも知れません」

「良いんですか?」


 意外にあっさり許可されそうで、僕は逆に動揺する。

 危険だからやめろと言われたら、僕には何もできない。僕は一人で戦える力を持っていないから、どうしても他の人の協力が必要になる。故に諦めざるを得ない。

 でも反対されなかったという事は、つまりF機関は僕を戦わせたくない訳ではないという事。その考えは日富さんも同じだという事……。

 寧ろ、僕を戦わせたかったのかも知れない。そんな疑念が湧いて来る。この前とは明らかに反応が違う。前は「万が一にも失う訳にはいかない」って止められたのに。状況が変わったという事だろうか?

 やっぱりF機関にとっても開道くんを失った事は痛手なんだろう。他人様の子供を預かっているんだし、ウエフジ研究所の体面にも関わる。


「押しとどめて暴走される方が困りますから」


 日富さんは淡々と言ったけど、僕は素直に受け取る気にはなれない。僕の心を読んでいたなら、暴走なんかできる訳ないって事は分かってるはずだ。


「暴走? 僕が?」

「人の心は変わり易いですから。あなたは大きな不満を溜め込んでいます。何かのきっかけで爆発しないとも限りません」

「そんなに信用がないんですかね」


 僕は少し拗ねた感じで言ってみる。絶対に爆発しないとは言い切れないけど、その可能性は低い。そんな度胸があれば、僕の人生こんな事になっていない。

 僕は僕に失望しているんだ。湿気た線香花火は火を着けたところで燃えやしない。仮に燃えても高が知れている。

 日富さんが何も言ってくれなかったから、僕は回りくどい真似をやめて率直に聞く事にした。


「日富さん、F機関は僕を戦わせたかったんですか?」


 日富さんは少し困った顔をする。


「戦いたくない人を無理やり戦わせる事はできませんよ」

「でも僕には期待されている役割があるんですよね? それは……」

「解放運動は手強い相手です。あなたの無効化のフォビアが強力な手助けになる事は間違いありません」

「だったら、建前は抜きにして頼んでくれれば良いじゃないですか」

「それはできません。あなたは未成年ですから」

「未成年でも自発的だったら良いって事ですか」


 大人の都合に僕は呆れる。

 日富さんはそんな僕を睨み付ける様に真っすぐ見て答えた。


「そうです。自分から言い出したという事は、覚悟ができているという事……。そうですよね?」


 覚悟ができているかという一言に僕は少し怯む。だけど、ここで引き下がる訳にはいかない。今度こそ僕は立ち向かえるんだという事を示さないといけない。亡き彼のために、そして僕自身と皆の未来のために。迷っている場合じゃない。開道くんが解放運動に操られて、悪事を働いたら……罪を負わされたら大変な事だ。


「はい」


 日富さんは僕に決意を促していたんだろうか? 本当に僕に覚悟があるのか見極めようとして? 僕には人の心は読めないから、他人の本心は分からない。

 日富さんは表情を崩さずに、ただ僕を見詰め続けている。


「戦うという事は、より危険に晒される可能性が高いという事です」

「分かっています」


 僕の答えを聞いた日富さんは、溜息と同時に目を伏せた。


「解放運動との戦いに加わりたいという、あなたの希望は聞き入れられるでしょう。強くなってください、向日くん」

「はい」


 僕は勇ましく返事をして、カウンセリングルームを後にする。時計を見れば、もう午後十一時だ。時間が経つのが早過ぎる。……つまり僕が眠っている間に、二時間ぐらい経っていたのか?

 日富さんは僕が疲れていると知っていたから、敢えて起こさなかったんだろう。

 二時間も寝たままで放置されていたという事実に、僕は決まりの悪い思いをした。

 それでも決意は変わらない。僕は開道くんを連れ戻す。

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