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 僕達四人は市営バスから降りて、久遠ビルディングのすぐ前まで帰って来た。ビルの中に入った所で、僕達は開道くんと擦れ違う。


「開道くん、どこに行くんだい?」

「俺の勝手でしょ」


 かなり不機嫌な様子の開道くんに、僕は驚いて眉を顰める。何か機嫌を損ねる様な事でもあったんだろうか? 誰かと喧嘩したとか? そもそもここにはF機関の関係者しかいないから、人間関係のトラブルは宜しくない。どこかの時点で仲直りしておかないと、永遠に仲が悪いままだ。

 僕は開道くんを心配して後を追う……前に、耳鳴さんに断りを入れる。


「耳鳴さん、ちょっと開道くんの様子を見て来ます。穂乃実ちゃんを連れて先に戻っててください」

「ああ、分かった」


 耳鳴さんは了解してくれたけど、穂乃実ちゃんは心配そうな顔をしている。


「大丈夫だよ」


 僕は無責任にそう言って、開道くんを追った。

 開道くんだって年頃の男の子だから、時には一人になりたい事もあるだろうけど、今の状況では危険だ。

 ビルの外で僕は開道くんに呼びかける。


「開道くん!」


 だけど、開道くんは少しも反応してくれない。振り返ったり足を止めたりするどころか、僕の声が聞こえているかも分からない。完全な無視だ。意固地になっているんだろうか?

 僕は走って開道くんの前に回り込み、行く手を塞いだ。


「何があったんだ?」

「別に何も無いですよ。ちょっと散歩しようと思って」

「外出許可は出したの?」

「そんなの要るんですか?」

「要るんだよ! 知らなかったのかい?」


 開道くんは様子がおかしい。僕が何を言っても反応が薄くて、気怠そう。感情が死んでるみたいだ。狭い研究所の中で閉じ込められた様な生活をする事に嫌気が差したとか、そういう心配をしたんだけど、どうやら違うみたいだな。目の前にいる僕を見ていない。

 僕を無視して歩き続ける開道くんを、僕は力尽くで止める事にした。


「ちょっと待て! 一旦足を止めるんだ!」


 開道くんの両肩を掴んで押し止める。次の瞬間、僕は何者かに背後から後頭部を強打された。

 棍棒で打ちのめされた様な衝撃に、僕は眩暈めまいを起こして、前のめりに倒れかける。そのまま崩れ落ちそうになったけど、開道くんの体を支えにして何とか体勢を保った。

 誰にやられたのか、僕は振り返って犯人の正体を確かめようとする。でも、そこには誰もいない……。

 あっ! これフォビアだ! そう気付いた瞬間に、もう一度後頭部を殴られる。

 ふっと気が遠くなって、僕は俯せに地面に倒れた。後頭部がジンジン痛む。頭の中がくらくらする。ぐわんぐわんと視界が回る。

 開道くん、知らない間にフォビアを鍛えていたんだな。もう実戦で使えるレベルに達してるじゃないか……って、感心してる場合じゃないぞ。

 開道くんが自分の意思でこんな事をするとは思えない。何がどうなっているんだ?


 どうにかしたいけど体が動かない。やばい。後遺症が残らなきゃ良いんだけど。

 いやいや、それよりも開道くんだ。僕のフォビアで今の開道くんを正気に戻せるだろうか? ダメ元でどうにかやってみないと。

 でも意識を保とうとすると、頭の痛みが激しくなる。頭が割れて破裂しそうなぐらい酷い痛み。吐き気もする。

 激痛に苦しんでいると、痛みと同時に意識が薄れて行く。苦しむか気絶するかの地獄の二者択一で、とうとう僕は堪え切れずに気絶する事を選択した。



 ……目覚めると、そこはメディカルセクションの治療室だった。僕はベッドに寝かされていて、最初に日富さんと復元さんの姿が目に入った。頭痛は収まっている。

 日富さんが真顔で僕に話しかけて来る。


「向日くん、起きていますか?」


 こうやって目を開けているのに、寝ている様に見えるんだろうか?


「……はい」

「ここがどこで、自分が誰だか分かりますか?」


 ああ、頭の中身の心配をされているんだな。


「メディカルセクションでしょう? 僕は……向日衛です」

「体は動きますか?」


 そう言われて、僕は上半身を起こした。体は普通に動くみたいだ。首から手の指、足の指まで、どこも動かない所は無い。


「大丈夫です」


 連続で後頭部を殴られた割には、目立った不調は感じられない。人体は案外丈夫だって事だろうか? それとも開道くんが手加減してくれたとか……。

 僕の返事を受けて、復元さんが大きな安堵の息を吐く。


「とにかく無事で良かったよ」


 後遺症が残らなかったのは、復元さんのお蔭でもあるんだろうか? 復元さんのフォビアは……説明が面倒だけど、簡単に言うなら回復だ。

 僕は復元さんにお礼を言った。


「ありがとうございます」

「礼には及ばない。俺のフォビアは勝手に発動するし、実際にフォビアの影響があったかも分からないからな」

「それでも……」

「気持ちは受け取っておくよ。じゃあな」


 治療室から出て行く復元さんの後ろ姿を見送る僕に、日富さんは改めて告げた。


「向日くんが気絶している間に、放射線検査は済ませておきました。特に異常は見付かりませんでしたが、数日は安静にしていてください」

「はい」

「立てますか?」


 僕はベッドから下りて、自分の足で立ち上がる。足元はしっかりしている。目が眩んだりバランスを崩したりはしない。

 日富さんは僕の手を取って、心を読んでから言う。


「大丈夫そうですね。良いですか? ですよ。急激な運動や体に負荷のかかる行為は控えてください」

「はい。それで……あれからどうなったんですか? 開道くんは?」


 僕の問いかけに、日富さんは困った顔をして答える。


「まだ戻って来ていません。C機関の兎狩さんが後を追っています」

「そうですか……」


 こんな時に外出するなんて、開道くんはどうしてしまったんだろう? 無事に帰って来てくれると良いんだけど、あの様子だと自分で戻って来てくれるとは思えない。兎狩さんが連れて帰ってくれる事を願うだけだ。

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