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吸血鬼の一件から三日後、第三実験室での訓練で、僕は開道くんから意外な報告を聞いた。
「向日さん、俺……寮で生活できるみたいです」
畏まっているのか、胸を張って気を付けをしている開道くん。
「おお、そりゃ良かった! おめでとう。背後恐怖症は大丈夫なのかい?」
「はい。恐怖を和らげる方法が見付かったので」
「どんな方法?」
「コルセットを着けてます。姿勢矯正用の……サポーターみたいなのを」
「成程。それでがっちり背中が守られていれば安心って訳だ」
「そうです、そうです」
道理で今日の開道くんはいつもより背が高く見えるはずだ。背筋がスッと伸びてるんだな。
僕は素直に開道くんがフォビアを制御できる様になった事を喜んだ。元からフォビアの扱いは上手だったんだ。吸血鬼との戦いでもフォビアを応用して攻撃した。
「いつから寮に移動するって?」
「来週からって話でした」
「楽しみかい?」
「はい。ちょっと不安はありますけど」
「大丈夫、大丈夫。すぐに慣れるよ。分からない事があったら、何でも聞いてくれ」
「はい!」
僕は自分の事の様に嬉しい。全部が全部、僕の手柄って訳じゃないけれど、僕も開道くんの助けになれたんだ。少し自信が湧く。生き続ける自信、戦う自信。アキラ、僕が生きる事を許してくれ。
それから僕と開道くんは訓練を始める。訓練と言っても開道くんは近々寮に移る身分だから、もうフォビアの制御は完璧に近い。コルセットのお蔭で、僕が後ろに付いている必要もないみたいだ。
少し寂しい気もするけど、それは開道くんが一人前になった証拠。これからは対等な「同僚」になるんだ。
開道くんが寮生活に移る事は、他の子達にとっても希望になるだろう。フォビアの制御さえできる様になれば、地下の保護室での生活から脱出できるという前例になるんだから。開道くんだけに止まらず、続いて寮生活に移る子が現れて欲しい。
僕は開道くんの隣を歩いて、ビルの中の施設を案内する。僕が初日に都辻さんに案内してもらった様に、まず屋上から寮、メディカルセクション、そして事務所へと移動して、防衛ブロック……は飛ばして、最後にリラクゼーションルームへ。
開道くんは時々背後を気にしたけれど、パニックになる事もなく、フォビアを発動させる事もなく、終始落ち着いた様子だった。
「この調子なら大丈夫そうだね。僕からも寮生活の件について、それとなく報告書に書いておくよ」
「本当ですか!」
「一人で生活を始めると、予想しない問題も色々出て来てしまうだろうけど、開道くんなら乗り越えられるさ」
「はい! それで……俺も戦える様になれますか?」
予想だにしない一言に、僕は驚いて固まってしまった。
「えっ……?」
「フォビアを悪用する悪い奴等がいるんでしょう? F機関はそういう奴等と戦ってるって聞きました」
「誰から?」
「えー、刻って人だったと……」
「刻さんが?」
どういうつもりなんだろう? 開道くんを戦力として見ているんだろうか?
僕だってそういう考えがなかった訳じゃない。開道くんのフォビアは戦いにも利用できる。それは事実だけど……まだまだ先の話じゃないのか?
僕は開道くんを危険な事に巻き込むのは反対だった。
真剣に考え込む僕に、開道くんは不安そうに聞いて来る。
「あの……違うんですか?」
「いや、違わなくはないんだけど、正確じゃないというか……。F機関の目的はフォビアを保護する事なんだ。戦う事じゃないんだよ。保護の際に已むを得ず戦いになる事はあるけれど」
「そうなんですか?」
「そうそう。確かに悪い奴等はいるけど、そういうのを懲らしめるのは僕達の役割じゃないんだ」
解放運動との関係で出動した時の名目は、飽くまで「保護作戦」だった。討伐や鎮圧が目的だった事はない。上澤さんの説明でも、そんな事は一つも言われなかった。
「じゃあ、誰の役割なんですか?」
開道くんの質問に僕は答えられない。C機関かも知れないし、もしかしたら警察が特殊部隊を持っているかも知れない。いや、警察が部隊を持っていたら、保護作戦にF機関が出張る必要は無いか……。
そうなるとC機関の役割なのかな? C機関はより実用的な能力を求めている。
「僕達じゃない事は確かだよ」
僕にはそう言う事しかできなかった。不満そうな顔をしている開道くんに、僕は続けて言う。
「それより目先の問題を片付けないとさ。開道くん、今からちゃんと独り暮らしができるかい?」
「できますよ。そのぐらい」
むきになって言い返す開道くんに僕は問う。
「本当に? 朝は一人で起きられるかい?」
「できます!」
「栄養のバランスを考えた食事ができるかな?」
「できます」
「面倒臭がらずに部屋の掃除やゴミ出しができるかな?」
「……やりますよ」
少しずつ声に自信が無くなっていく開道くんは、嘘が吐けない性格なんだろう。
「フォビアを制御するのと一緒だよ。小さな事から一つずつ。まずは自分の事ができてからじゃないと」
「はい」
それでも開道くんの気持ちも分からなくはない。開道くんだって、自分のフォビアを役立てたいと思っているんだ。だから悪い奴等と戦いたい。
だけど……開道くん、今は言わないけど僕は君に戦って欲しくはないよ。
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