誰かを守るために
1
翌日午前九時、僕はいつもの様にカウンセリングを受けに行く。そこで僕の心を読んだ日富さんは、神妙な声音で言った。
「吸血鬼と遭遇したんですね」
「はい」
「それで……あなたは解放運動と戦いたいと思っていると」
「はい」
「無理ですよ」
「……はい」
何となく分かっていた。僕のフォビアは完全じゃない。フォビアに目覚めたばかりの時よりは制御できている自信があるけども、クラスAと言われるレベルに達しているとは思えない。基本的に僕のフォビアは対象を選べないから、仲間の足を引っ張ってしまう可能性がある。
日富さんは難しい顔をして続ける。
「あなたのフォビアは貴重です。万が一にも失う訳にはいきません。あなたを必要としている人達の事を思ってください」
「はい」
分かっている。僕は多くの人の助けになりたいと思った。そして、ここには僕の助けを必要としてくれる人達がいる。その人達は僕が解放運動との戦いに集中する事を望まないんだろう。だけど……。
「だけど、解放運動に怯えて暮らすのは嫌ですよ」
「解放運動に対しては、C機関にも応援を要請しています」
「C機関に?」
「はい。このビルの周辺を警戒してくれるとの事です」
あのC機関がどういう風の吹き回しなんだろう?
C機関は解放運動に興味を持っていなかった。解放運動を止める事さえしなかったのに、F機関の要請に応じるって?
よく分からない。何か裏があるんじゃないのかと勘繰ってしまう。
「だからって、安心だとはならないですよ」
「はい。しばらくの間、外出の判断は慎重にしなければならないでしょう。解放運動は『仲間』を増やしたがっているんでしたね?」
「ああ、はい……そんな事を言っていました」
「つまり解放運動は現状に限界を感じている訳です。表向きは超能力者を選ばれた者だと言っていますが、なかなか賛同者が集まらないんでしょう」
「追い詰められてるって事でしょうか?」
「そうですね。過去……1990年代には超能力ブームもあって、多くの自称超能力者や超能力に憧れる若者を集めて、実社会にも影響を与える程の組織力と実行力を持っていましたが、警察庁が本格的に対策に乗り出してからは徐々に弱体化しています」
解放運動は焦っているんだ。だから僕達の前に姿を現した。
「……しばらく外出は慎重にって、いつまでですか?」
「状況が変化するまでです」
「何がどう変われば良いんですか?」
「運動の主要なメンバーが押さえられたら」
「それって誰ですか?」
「吸血鬼、もしくは
「イナクター?」
「解放運動の指導者とされる人物です。長らく表に出ていないので、生死すらも分かっていませんが」
生きてるか死んでるかも分からない人が、何で重要なんだろう?
疑問に思う僕の内心を察してか、日富さんが尋ねて来る。
「どうかしましたか?」
「その……生死不明の人が主要メンバーなんですか?」
「表に出ないから私達には分からないだけで、内部では普通に活動しているかも知れませんし――」
「あぁ……」
「もしかしたら本当に死んでいるのかも知れません。制定者は吸血鬼と同じく最初期から解放運動で活動しているメンバーです。当時の事は当時の空気を直接感じた人にしか分からないでしょうが、制定者は解放運動の精神的支柱と言っても過言ではない存在だったんです。そういう人物の生死は組織の内部の統制にも関係します。求心力の低下を避けるために、実際には死亡していても公表しないという事があるかも知れません」
そこで僕は新たな疑問が浮かんだ。1990年代ってかなり昔じゃないか?
「吸血鬼や制定者って、今何歳ぐらいなんですか?」
「少なくとも『若者』ではありませんね。若くても四十から五十、もしかしたら既に高齢の老人かも知れません」
日富さんの話を聞いて、僕は吸血鬼の姿を思い返した。老人という感じはしなかったから、中年なんだろう……多分。不老不死って事は無いと思いたい。
日富さんは最後に言う。
「どの道、今日はお休みの日でしょう? ゆっくり心と体を休めて、明後日以降に備えてください」
「はい」
確かに今僕だけが焦ってもしょうがない。
早く平穏な日々に戻れると良い。そう願いながら、僕は自分の部屋に帰った。
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