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林から広場に出て駆け戻って来た僕達を、皆が心配そうな顔で迎える。
開道くんも声無くんも柊くんも、青ざめた顔をしていた。それでも恐怖で泣き出したりしないから大した根性だ。
「どうかしたの?」
芽出さんに聞かれた僕は、息を整えて真剣に答える。
「『吸血鬼』が出ました」
女の子達は何の事だか分からない様子だったけど、芽出さんと由上さんは危機感に表情を引き締めた。
由上さんが僕に尋ねる。
「吸血鬼って、解放運動の? いや、他に無いですよね。本当に?」
嘘じゃないと言おうとして、僕は一瞬考えた。僕は過去に吸血鬼と直接対面した事が無いし、相手が名乗ってくれただけで、吸血鬼だという確証は無いんだった。
「多分、吸血鬼だと思います。浮遊の超能力と変身……」
「それで……吸血鬼と遭遇して、どうなったんです?」
「僕が超能力を無効化して追い払いました。でも、顔とフォビアを憶えられてしまいました」
「分かりました。とにかく全員無事で良かっ――いや、無事だったんですよね?」
「念のために怪我をしてないか声無くんと柊くんを診てください」
「君は?」
「僕は大丈夫なんで」
声無くんと柊くんの服は、土と落ち葉で少し汚れている。高い所から地面に落ちたせいだ。半分は僕のせいでもあるから、とにかくこの二人が怪我をしていないか心配でならない。
芽出さんが二人の服をはたいて、土汚れを落とす。声無くんにも柊くんにも痛がっている様子は全くと言って良いくらい見られない。落ち着いたら痛みが出るものだと思っていたけれど……。
芽出さんが二人を軽く診た結果、目立った傷や痣は無いと分かった。研究所に戻ったらメディカルセクションで精密検査をしないといけないけれど、本当に無傷だったみたいだ。
不思議な事があるんだなぁ……。奇跡と言っても良いかも知れない。
僕と由上さんと芽出さんの話し合いで、遠足は中断する事になった。まさか解放運動が大胆にも白昼に陽動作戦みたいな事をして来るとは思っていなかった。F機関が保護作戦を展開している最中に、僕達を狙って来るなんて……。
これから外出の判断は慎重にしないといけないかも知れない。だけど、全く予想できない事じゃなかった。以前にもブラックハウンドらしき人物と遭遇した。あの時は勿忘草さんがいたから何とかなったけど、僕と芽出さんだけだったらどうなっていたか分からない。
解放運動をこのままにはしておけない。積極的にこちらから打って出る必要があるんじゃないだろうか?
僕はそう考える様になっていた。
運動公園からの帰り道、僕と芽出さんと由上さんは、三人で子供達の前後に付いて守りを固め、襲撃を警戒する。
そんな中で柊くんは女子達に吸血鬼と対峙した時の事を、武勇伝でも語るかの様に話していた。声無くんも無言で相槌を打っている。見栄を張りたがる年頃なのかな。
一方で開道くんは一人で真剣に何か考え込んでいる風だった。
僕は由上さんに開道くんの活躍を語る。
「吸血鬼を撃退できたのは、開道くんのお蔭でもあるんです」
「開道くんが?」
「ええ。開道くんのフォビアはかなり高いレベルにあると思います。フォビアで吸血鬼を攻撃したんですよ」
開道くんが聞き耳を立ててそわそわしている。側で自分の話をされて気にならない訳がないよな。本人の前で気付かない振りをして話を続けるのも気まずいので、僕は開道くんに声をかけて巻き込んだ。
「なあ、開道くん」
「えっ!? は、はい」
開道くんは慌てて返事をする。
由上さんは率直に疑問を口にした。
「しかし、背後恐怖症でどうやって攻撃を?」
「それなんですけど……開道くん、説明できるかい?」
僕が問いかけると、開道くんは少しの間を置いて答える。
「見えない力で後ろから殴るんです」
「つまりサイコキネシスの一種という事でしょうか?」
「でも、そんなに強い力じゃないんで……。吸血鬼とか言うのをやっつけられるぐらい強かったら良かったんですけど」
確かに開道くんの攻撃は吸血鬼を倒すには力不足だった。背後からの一撃で相手を倒せたら便利だろうけど、それはそれで怖い事だ。味方にすれば頼もしく、敵にすれば恐ろしい力になる。……僕は開道くんが秘密にしていたフォビアの力を、他の人に明かして良かったんだろうか?
いや、人を疑うのはやめよう。開道くんなら正しく自分のフォビアを使ってくれるはずだ。
無事に研究所に戻った僕達は、全員でメディカルセクションに移動する。
それから受付で芽出さんが大波さんと山邑さんに事情を説明して、僕を含めた男子四人が精密検査を受ける事になった。僕は平気だって言ったんだけど、芽出さんと由上さんに押し切られた。
看護師さんと一緒に僕達四人は医療用のエレベーターで、地下の放射線検査室に向かう。ビルの中に医療用エレベーターなんて物がある事も、地下に実験室とは別に検査室があるなんて事も、今日初めて知ったよ。
僕は人生で初めてMRI検査を受けた。放射線を使うって言うから何かあるかと思っていたけど、全然何も感じなかった。
全員で一時間ぐらいかけて検査した結果、何も異常が無いという事が分かった。
僕以外にも異常が見付からなくて本当に良かった。どうしてあれで無事だったのか分からないけれど、まあ運が良かったんだろう。
僕達四人が検査を終えて四階に戻って来ると、芽出さん、由上さん、それに女子達も皆、部屋に帰らずメディカルセクションの廊下の長椅子に座って待っていた。
僕が男子達を代表して何ともなかった事を伝えると、皆は安心した顔で息を吐く。
それから僕達は全員で地下に降りて、一人ずつ保護室の前で別れた。
最後は僕と芽出さんと由上さんだけになって、上階の寮に戻る。
エレベーターの中で由上さんは僕に言った。
「今日は災難でしたね」
「ええ。もしかしたら、もう気軽には外出できないかも知れません」
僕のネガティブな発言に芽出さんがぽつりと言う。
「嫌だなぁ」
僕だって嫌だ。どうして解放運動は僕達を放っておいてくれないんだろう?
解放運動の行動は僕達にとっては迷惑なだけだ。何が解放だ。
僕にもっと力があれば。僕のフォビアで連中を撃退できれば……。
いくら敵意を抱えて妄想したところで、現実に僕が強くなる訳じゃないし、フォビアを自在に扱える様になる訳でもない。自分がちっぽけな存在だと思い知らされる。
強くならないと。どんな超能力者が敵になって現れても、僕がいるから大丈夫だと言えるぐらいに。
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