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何も打つ手が無い状況で、僕は一人だけ地上にいる開道くんを心配する。開道くんはコナラの大木に背中を預けている。背後恐怖症を防ぐためだろう。
開道くんは一度上空を見上げて、僕と視線を合わせた。未知の敵を前にして怯えているのかと思ったけれど、開道くんの目には力強い決意が宿っている。
何をするつもりなのか、僕は心配した。どうか無謀な事はやめてくれ。相手は解放運動の有力なメンバーの一人で、複数の超能力を使いこなす……という情報だった。背後に恐怖を感じさせるだけのフォビアでは、どうにもならない。
その時、急に吸血鬼が背後を気にし始めた。吸血鬼は落ち着きが無くなって、何度も前後左右を確認する。
背後恐怖症のフォビアだ。開道くん、君は吸血鬼と戦おうというのか!?
僕は開道くんの勇敢さに感動したけれど、それ以上に焦る。ダメだ、相手もフォビアに対して無知じゃない。反撃されてしまう。
吸血鬼が落ち着きを取り戻して、開道くんを睨んだ……その直後、吸血鬼は突然、背中を押された様にバランスを崩す。片足を前に出して踏み止まり、倒れるまでは行かなかったけれど、明らかに何者かの攻撃を受けていた。
これも開道くんの能力なのか? 背後を恐れる開道くんのフォビアが、新しい形の超能力に目覚めた?
吸血鬼は何度も背後からの不可視の攻撃を受けてよろめきながらも、改めて開道くんを睨み付ける。
「お前かっ!! 小賢しい真似を!」
いけない! 吸血鬼の敵意が開道くんに向いている。僕のフォビアも範囲を狭めて狙った対象を無効化できる様になれば良いのに! でも、そんな訓練はしていない。
……いやいや、そもそも吸血鬼の超能力を無効化したら、僕達もまとめて落っこちてしまう。一つの現象に絞って超能力を無効化するしかないけれど、そんな器用な真似は到底無理だ。
ああっ!! 言い訳している場合じゃない! とにかく何としても止めないと!
吸血鬼の全身の体毛が伸びて、体が膨らみ始める。腕が伸び、筋肉が隆起して、顔が犬みたいに変形する。見る見る内に真っ黒な怪物が誕生した。見るからに凶悪な四つ足の巨大な獣……。
「この姿を見たからには、最早お前達には降伏か死より他にない」
怪物の声は重く低く響いて、空気と木々の枝や葉を震わせる。
これは何なんだ……? 幻覚なのか、現実なのかも分からない。こんな超能力があり得るのか? それとも「吸血鬼」は本物の怪物なのか?
恐怖と驚愕の中で僕の思考は混乱していた。分かっている事は一つだけ。僕がこの状況を何とかしないといけない。僕は思考がまとまらない状態で、ただそれだけに目的を絞った。
こうなったら一か八かだ。運を天に任せて、僕のフォビアで全てを無効化する。
誰も死なせちゃいけない。死なないでくれと願う。願うだけの僕は無力だ。
脈動が全身で反響して、頭の中にまで響く激しい動悸に襲われる。感覚が研ぎ澄まされて、刺激に過敏になっている。
木漏れ日が眩しい。ざわざわと枝や葉の擦れ合う音がうるさい。乾燥した空気と、木と土の臭いが鼻を
そして……最後に残ったのは落下感。僕は背中から地面に落ちたけど、落下の衝撃に反して不思議と痛みは軽かった。フォビアが発動したんだ。声無くんと柊くんも落ちたはずだ。
すぐに目を開けて、状況を確認する。怪物の姿は消えている……吸血鬼が人の姿に戻っている。開道くんは無傷だ。声無くんと柊くんも、すぐに起き上がる。
良かった。誰も重傷ではなさそうだ。
人に戻った吸血鬼は明らかに動揺していた。
「……成程。ブラックハウンド、ブラッドパサー、霧隠れが揃って撃退された訳だ。超能力の完全な無効化か」
そう言って吸血鬼は僕を睨みながら、一歩ずつ後退する。
「だが、悪い取引では無かった。お前のフォビアと私のフォビア、お互いに手の内を明かしたという事で、ここは手打ちにしようじゃないか」
そして開道くんにも視線を送った。
「それと……もう一人、勇敢な君の事も覚えておこう。やがて私達の脅威になるかも知れない」
吸血鬼は身構える僕達に背を向けて、あっと言う間に木々の生い茂る林の奥深くへと走り去る。その場に何枚もの蝶の形の紙切れを残して……。
危機を脱して僕は大きな溜息を吐いた。それから声無くんと柊くんに駆け寄る。
「怪我は無いか?」
恐怖で緊張して硬直していた二人は、硬い表情のままで頷く。結構な高さから落ちたはずだけど、痛がっている様子はない。打ち所が良かったんだろうか?
次に僕は開道くんに振り向いた。
「開道くんも大丈夫か!?」
「あ、はい! 大丈夫です!」
「とにかく皆の所に戻ろう!」
「はい!」
僕達は雑木林の中の散歩コースから広場に戻った。吸血鬼は追撃して来ず、僕達は無事に他の皆と合流できる。
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