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 公園で一時間ちょっと遊んで十二時になり、子供達は再び集まって昼食を取る。

 全員でお弁当のおにぎりを食べながら休憩。秋のよく晴れた日、気温は高過ぎず低過ぎず、清々しい空気。皆が楽しそうで何よりだ。

 僕が子供達の様子を見ながら、温かい気持ちになっていると、芽出さんが横から話しかけて来る。


「向日くん、お父さんみたい」

「え?」

「子供を見守るお父さんみたいな、優しい目をしてた」


 そうなのかな……いやいや、父性に目覚めるには早いんじゃないかと思う。どっちかって言うと、お兄さんじゃないのか?

 僕は何だか気恥ずかしくなって、おにぎりをくわえながら眉を顰めた。芽出さんが声を抑えて笑うから、僕はますます恥ずかしくなる。


 早く昼食を終えた声無くんは柊くんを連れて、僕に聞いて来た。


「向こうで遊んできてもいいですか?」

「ああ。怪我には気を付けて」

「はーい」


 どうして僕に聞くんだろうなと思ったけど、由上さんは話しかけ難いか……。普段から馴染みが薄い上に、いつもサングラスをしているから、人を拒絶する様な重い雰囲気がある。

 声無くんは緊張状態でなければ、普通に話ができる。その点でも由上さんは避けられるんだろう。

 声無くんと柊くんは広場の隅にあるアスレチック施設に向かって行った。

 僕は開道くんの様子を見る。開道くんも昼食はとっくに終わっているから、一緒に遊びに行きたいんじゃないかなと思った。

 僕の視線に気付いた開道くんは、訝しんで問いかける。


「何ですか?」

「いや、一緒に遊びたいんじゃないかと」

「俺の事は気にしないでいいです」


 開道くんは少し不機嫌そうに言った。子供達の中では年長者だから、こういう状況ではなかなか素直になれないのかも知れない。もっと子供達同士でも打ち解けてくれると良いんだけど、開道くんは他の子供達と少し年が離れているからなぁ。難しい。


 僕が少し目を離していた隙に、声無くんと柊くんはアスレチック施設の側にある林の中に入って行こうとしていた。

 僕は心配になって立ち上がり、由上さんに断りを入れる。


「由上さん、僕は声無くんと柊くんが心配なんで、ちょっと見て来ます」

「分かりました。気を付けて」


 由上さんは嫌な顔一つせずに快諾してくれた。

 二人を見失ったらいけないと思って僕が走り出そうとしたところ、開道くんが声をかけて来る。


「向日さん、俺も行きます」

「ああ、良いよ」


 開道くんにも年長者としての責任感があるんだろう。背後恐怖症さえ無かったら、子供達を見守るリーダーになれたかも知れない。そういう悔しさに近い感情が、開道くんの中にはあるんじゃないだろうか?

 僕と開道くんは駆け足で林の中へと向かう。


 運動公園の側にある林は、よく手入れされたドングリの雑木林だ。クヌギやコナラの他に、カシやシイの木も生えている。散歩コースも整備されているけれど、ドングリが落ちる時期には少し早い。声無くんと柊くんは何を思って林の中に入って行ったんだろうか?

 開道くんが先行して、僕はその後に付いて歩く。木の葉や枝が日射しを遮る林の中に入って数分歩いた所で、僕達は声無くんと柊くんを見付けた。

 二人はつば広の帽子に黒いコートを着た男性と一緒にいる。その男性の周囲には何匹もの色とりどりの蝶が飛んでいた。

 怪しい男だと僕は警戒する。


「声無くん、柊くん!」


 僕が呼びかけると、二人はこちらを向いた。怖がっている風じゃないみたいだ。

 それでも何かあってはいけないと、僕と開道くんは駆け足で二人に近付く。そこで分かった。色とりどりの蝶は折り紙の蝶だ。本物じゃない。

 そう理解した直後、不思議な事が起こる。僕の足が空回りして前に進まなくなる。地面を蹴る感覚が無くなって、体が宙に浮き始める。


「な、何ぃ!?」


 そのまま僕は少しずつ地上から離れる。もう木の枝が目の前の高さにある。地上6、7mぐらいだろうか……。

 人間を浮かせる技、フォビア? それとも超能力? 折り紙の蝶を浮かせていたのも同じ能力か? 物を浮かせる超能力……どこかで聞いた事がある。

 ああっ、思い出した! 浮遊能力と黒尽くめの姿! こいつの正体は超能力解放運動の吸血鬼だ!!


「皆、逃げろ!! 解放運動だ!」


 僕は地上の三人に向かって叫んだ。

 最初に声無くんと柊くんが駆け出したけど、二人も宙に浮かされてしまう。地面から足が離れたら逃げ出せない。

 一人だけ地上に残された開道くんは動かない。恐怖で身が竦んでいるのか、背後恐怖症が発症してしまったのか……。

 空中で身動きが取れない僕に向かって、吸血鬼は言う。


「初めましてだな、F機関の新人くん。お察しの通り、私は超能力解放運動の一員。人には『吸血鬼』と呼ばれている。まずは君の名前を聞こう」

「何が目的だ!」

「日本語が分からないのか? 君の名前を聞いているんだが」

「知ってどうする!」


 話に応じながら僕はどうやってこの状況から脱するか考えていた。浮遊も超能力なら僕のフォビアで無効化できる。だけど……この高さから落ちて無事で済むとは思わない。僕だけならまだしも声無くんと柊くんもいる。落下して打ち所が悪ければ死ぬかも知れない。

 そんな事を考えていると、吸血鬼は途端に不機嫌になって言った。


「答える気が無いなら、こちらにも考えがある。私の目的は何かと聞いたな? 教えてやろう。仲間を増やす事だよ」


 吸血鬼の超能力は浮遊だけじゃない。確か、催眠術も使えたはず。黙秘は無意味。

 どうにかしなければという焦りが僕の中で大きくなる。いや、待て、待て、落ち着くんだ。ここでフォビアを発動させちゃいけない。声無くんと柊くんまで落っこちてしまう。

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