吸血鬼登場

1

 九月の中頃、朝八時に携帯電話が鳴った。上澤さんからのメールだ。


□□重要□□


BW保護作戦参加メンバー


◎復元治己

◎房来秩則

◎増伏鑑

〇船酔廻

〇倉石強

〇高台挙

〇勿忘草レイナ

〇灰鶴悲廉


以上八名は本日午後二時に会議室に集合


 ……僕の名前が無いぞ? 間違って送信されたのかな?

 念のために僕は上澤さんに電話をかけてみる。三度のコールの後、上澤さんは通話に応じてくれた。


「向日くん? どうしたんだ?」

「上澤さんからメールが送られて来たんですけど……」

「私が送ったのか? 内容は?」

「保護作戦の参加メンバーについてです」

「日付は? 今日?」

「今日ですね」


 上澤さんは少しの無言を挟んで、こう言った。


「……向日くんはメンバーに入っていなかったはずだが」

「そうですね」

「つまり手違いだな。すぐにメールを消去してくれ」

「分かりました」


 本来は僕が見ちゃいけない物だったんだろうな。僕は上澤さんに言われた通りにメールを消去する。

 でも保護作戦って事は、どこかでフォビアが見付かったとか、解放運動と戦う事になったとか、そういう事だろう。やっぱり僕が知らないだけで、裏で作戦は続いていたんだ。その事実に僕は少なくないショックを受けていた。何も知らずに安穏と過ごしていたお気楽な自分と、機関が秘密裏に作戦を進めていた事実。

 まだ僕は信用されていないという事なんだろうか? 僕は小さく首を横に振って、重く沈んだ気持ちを改める。ここで落ち込んでいてもしょうがない。

 それはそれとして、今日は地下に保護されている六人の子供達と外出する予定だ。開道くん、声無くん、柊くん、井丹さん、荒風さん、小暮ちゃん、そして穂乃実ちゃんの六人。サポートに由上さんと芽出さんが付いてくれるけど、結構な大人数。僕達は全員で運動公園まで遠足に行く。



 午前十時、研究所の前で全員集合。大人も子供も皆、食堂の人が用意してくれたお弁当を持っている。当然、僕もだ。

 新しく加わったフォビアの二人、声無こえなしくんは発声恐怖症、井丹いたみさんは疼痛とうつう恐怖症のフォビアを持っているけれど、発動する場面は限られているから、そんなに心配しなくて良いだろう。開道くんと小暮ちゃんは最後尾を歩かせなければ大丈夫。でも何かあった時には、僕が無効化しないといけない。責任重大だ。

 プレッシャーはあるけれど、子供達の楽しみを台無しにする訳にはいかない。いつも地下に閉じ込められている子供達にとって、外出の機会は貴重なんだ。保護者同伴でも一定の自由が許される遠足は、ストレス発散のためにも必要な行事。

 芽出さんのちょっと不安な先導で、僕達は運動公園に向かって出発する。


 出発から二十分、最初に問題が発生したのは小暮ちゃん。

 小暮ちゃんは運動が苦手で、自分だけが置いて行かれるんじゃないかというトラウマを持っている。こういう団体行動では最も気を付けないといけない子だ。肉体的には十分な体力があっても、精神的な問題で疲労し易い。

 小暮ちゃんの歩く速度が遅くなり始めたら、僕が背負って歩く。僕の背中で小暮ちゃんは申し訳なさそうに謝る。


「すいません」

「気にしない、気にしない。ここにいる皆、それぞれの問題を抱えているんだ。困った時は助け合わないと」

「……ごめんなさい」

「大丈夫だって。僕達は一人じゃない。ちょっと疲れても遅れても、皆が助ける。何も心配しなくて良いんだ」


 命綱、転ばぬ先の杖、自転車の補助輪、ビート板……。フォビアを恐れる人には、そういう存在が必要なんだ。一度大丈夫だと理解すれば、必要以上に恐れる事はなくなる。


 約一時間後、僕達は無事に運動公園に着いた。芽出さんも何度も外出して道を憶えた結果、もうこの近辺では迷わなくなっている。

 公園の広場で僕達は少し休憩。それから子供達には、広場で銘々に遊んでもらう。いわゆる自由時間だ。

 その前に芽出さんが子供達に注意を呼びかける。


「皆、あんまり遠くに行って逸れない様にね! 十二時には集合するんだよー!」


 子供達は男女の別もなく公園の遊具で遊び始める。僕と由上さんと芽出さんは子供達の監視だ。

 だけど、開道くんだけは僕の側から離れない。僕は開道くんに尋ねる。


「一緒に遊ばないのかい?」

「公園で遊ぶって年じゃないですし」


 それはそうだなと思う。


「それなら危険が無いか、皆の側で見てあげてくれないか?」

「俺の背中は誰が見てくれるんですか?」

「ああ、それは……」


 本当は開道くんも一緒に遊びたいのかも知れない。でも背後恐怖症だから、背中を見てくれる人がいないと安心できない……と。

 だったら僕のやるべき事は一つだ。


「僕が見ていよう。さあ、行くぞ」


 僕は開道くんの背中を押して、遊具で遊ぶ子供達に寄って行った。開道くんは返事をしなかったけど、抵抗もしなかったから、悪い気分じゃないらしい。


 そんなこんなで一時間、僕は子供達を近くで見守った。

 保育士ってこんな気分なんだろうか? いや、全員十歳以上だから違うかな。本物の保育士さんに比べたら、いくらか楽なのかも。……ここにいる皆がフォビアを持っているという大きな問題にさえ目を瞑れば。

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