市民プールに行こう!

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 八月も終わりが近いけれど、まだまだ猛暑日が続く。そんなある日、僕は幾草に誘われて市民プールに行く事になった。それに合わせて、芽出さんと勿忘草さんと更には穂乃実ちゃんまで来る事に。今週になって穂乃実ちゃんの遠出が許可されたのは幸いだった。そこへ倉石さんと高台さんと船酔さんも行く事になって、最終的には大所帯になってしまった。

 どうせだから寮の皆を誘ってみようと思ったんだけど、沙島さんにはプールの水が甘くなるから、ステサリーさんには水が腐るのが怖いから、灰鶴さんには虫が飛んで来るから嫌だと言って断られた。皆井さんや由上さんは人が多くて混み合う所は苦手だと言うし、諸人さんや耳鳴さんは好い年だからと言って遠慮した。雨田さんには落雷の危険があるから行けないと、刻さんには楽しい時間が短くなると言われて辞退された。増伏さんと復元さんにも忙しいからと断られた。初堂さんに至っては話を聞いてもくれなかった。

 フォビアを抱えている人達は大変なんだなと、改めて思わされる。フォビアが暴走しても僕が無効化するから多少は大丈夫ですと言っても、やっぱり口先だけでは頼りにしてもらえない。

 まだまだ信用が足りないなと僕は反省する。もっと頼れる人になれば、皆を安心させられるのに。少なくとも沙島さん、ステサリーさん、雨田さん、刻さんは断る理由が無くなって、一緒にプールに行けるだろう。

 来年は全員で海に行ける様にしよう。それが目標だ。


 とにかく今日は八人だけ。出発は午後一時。船酔さんはバイクで、他の七人はバスで市民プールまで行く。


「待ちなさい、君達!」


 さあ全員揃って出かけようという所で、僕達は上澤さんに呼び止められた。何事かと思って皆して振り返る。


「監督者が必要ではないかな?」

「監督なら私が……」


 船酔さんが上澤さんに言ったけど、上澤さんは認めてくれなかった。


「一人で全員を見るつもりか?」

「いや、私もいます」


 今度は高台さんが言う。それでも上澤さんは頷かない。


「君達は二人とも男だろう。女子はどうする女子は!」


 僕達が返答に困っていると、上澤さんは大きな溜息を吐いた。


「しょうがない。私も同行しよう」


 一同唖然として沈黙。

 一緒に行きたかったんなら、そう言えば良いのに。副所長って立場があるから素直になれないのかな?

 倉石さんが上澤さんにぽつりと尋ねる。


「副所長、研究所を空けて良いんですか?」

「大丈夫だよ。所長が出張から帰って来ている」


 今は所長がいるのか……。どんな人なんだろう?

 とにかく、そんなこんなで副所長も同行して、僕達は九人で市民プールに行く事になった。上澤さんは自分の車を持っているのに、僕達と一緒にバスで行くみたいだ。「監督」っていう名目だからないのかな?


 特にトラブルもなく僕達を乗せたバスは運動公園前に着く。市民プールは運動公園の隣にあるから、ここからは徒歩の移動だ。



 平日でも夏休みだから、市民プールにはそれなりに人出がある。僕達は男女で別れて更衣室で水着に着替えた。更衣室にもそれなりに人がいたけど、ごった返してはいなかった。

 実際にプールサイドに出てみると……思ったより人は少なかった。プールにいる人達は数人ずつのグループが主で、僕達みたいな大所帯は見かけない。


 市民プールには50mと25mの競技用プールがあるエリアと、児童用プールとそれを取り囲む流水プールの二つのエリアがある。


「ヒャッホーー!!」


 幾草が奇声を上げながら、50mの競技用プールに飛び込む。やれやれという感じで倉石さんと高台さんもその後に続いた。


「行かないのか?」


 後ろから船酔さんに声をかけられた僕は、女子更衣室の方を見る。


「ちょっと気になって」

「分かるぞ。年頃だもんな」


 肩に手を置かれて、にやりと笑われる。僕は誤解されていると直感して、慌てて反論した。


「いや、違いますよ! フォ……Fの暴走を止められるのは僕だけですからね!」

「ああ、そういう事? そんなに心配しなくても良いと思うがなぁ」


 まあ確かに。芽出さんも勿忘草さんも穂乃実ちゃんも、一人だけ取り残されたりしなければ大丈夫だろう。加えて今日は上澤さんも付いている事だし。

 僕がいないといけないというのは思い上がりなのかも知れない。


「あっ! 向日くーん!」


 最初に更衣室から出て来たのは芽出さんだった。競泳用の水着を着た芽出さんは、体操をやっていただけあってスタイルが良い。


「泳がないの?」

「泳ぎますよ。ただ、他の人はどうしてるかなと思って。誰か一人でもいないと心配じゃないですか」

「もうすぐ来ると思うよ」


 芽出さんの言葉通り、直後に穂乃実ちゃんと勿忘草さんと上澤さんが更衣室から出て来た。上澤さんは露出度の高いセパレートタイプの水着、勿忘草さんと穂乃実ちゃんは普段着みたいな水着だ。それでも水着だから濡れても平気なんだろうけど。

 穂乃実ちゃんは僕と目が合うなり駆け寄って来て、僕の手を取りながら僕の体の陰に隠れた。


「どうしたんだ?」


 僕が聞いても穂乃実ちゃんは何も言わない。上澤さんが小さく笑う。


「随分と好かれているじゃないか」

「そうなんですかね?」


 悪い気はしないけど、一緒にいてくれという事なんだろうか? 小さい女の子を連れているのは、何となく決まりが悪い。これが妹とかならともかく、そういった繋がりは何もないだけに余計に。

 僕が困った笑みを浮かべていると、上澤さんが意地悪く微笑む。


「ところで、どうかな? 私達の水着を見て、何か感想は?」

「ええっ、どうして僕に聞くんですか?」

「思春期の少年の意見を聞きたくてね」

「からかわないでくださいよ」

「おや残念」


 上澤さんは肩を竦めると、芽出さんと勿忘草さんに尋ねた。


「君達はどうする?」


 芽出さんはストレッチをしながら答える。


「私は50mプールで泳いで来ます。せっかくプールに来たんですから、泳がないと。副所長もどうですか?」

「そうだね。一つ勝負と行こうか、芽出くん。私は学生時代、白浜のマーメイドと呼ばれた事もあるんだよ。それで……勿忘草くんは?」

「わ、私は流れるプールで」

「よし、向日くん! 平家くんは任せたよ。私は芽出くんと一泳ぎして来る」

「えぇ……」


 上澤さんと芽出さんは二人で競技用プールに向かって行った。監督に来たって言ってたのに。

 船酔さんは二人を見送りながら、日けの帽子を被って僕に言う。


「その子と一緒に流れるプールにでも行って来たらどうだ? 俺はそこのベンチで全体を見てるから、何かあったら声をかけてくれ」

「あ、はい。済みません」

「気にするな、気にするな。監督のために来たって言っただろう?」


 船酔さんは頼れる大人だなぁ……。バイクも颯爽と乗りこなしてたし。こういう大人の人になりたい。

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