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 僕は勉強中、少し疲れを感じて一度伸びをした。ふと芽出さんがどんな漫画を読んでいるのか気になって、ちらりと目を向ける。

 ……古い少女漫画だ。芽出さんは泣くでもなく、笑うでもなく、ただ真顔で集中して読んでいる。まじめなストーリーなのかな?

 いや、そんな事を考えている時じゃない。幾草は黙々と勉強を続けている。僕は気を取り直して、再び勉強に集中する。



 そのまま正午になって、どこでお昼を取ろうかという話になる。

 僕達は幾草に「良い所がある」と言われて、図書館の近くのカフェに案内された。セルフサービスで気軽に昼食が取れるカフェらしい。

 カフェに着いた僕達は、カウンターで注文した物を受け取って、適当な席に座る。


「良いトコ知ってんじゃーん。やるね」

「いや、そんな」


 芽出さんに手放しで褒められて、幾草は照れている。


「いつもは彼女と来てるの?」

「か、彼女とかいませんし」

「そうなんだ。モテそうなのにね」

「いや、僕なんか全然」


 芽出さんは幾草をからかっているんだろう。幾草は耐えかねて、トイレに行くと言って席を離れた。

 僕は芽出さんに冷ややかな視線を送って言う。


「程々にしないとセクハラになりますよ」

「あはは、年下の子をからかうのが楽しくて」


 芽出さんはバツの悪さをごまかす様に、笑って答えた。悪気は無いんだろうけど、からわかれて喜ぶのはマゾだけだと思う。


 幾草が戻って来ると、今度は芽出さんが席を立った。

 僕は安堵している幾草に尋ねる。


「年上の人が苦手なのか?」

「いや、そんなんじゃなくて……。勇悟は平気なのか?」

「平気って、何が?」

「……何でもない」


 僕が聞き返すと幾草は小さく溜息を吐いて、落胆した様な顔をした。ここで話が途切れるのも気まずいので、僕は話題を変える。


「そうそう、幾草ってカードゲームが好きなのか? トレカとか集めてんの?」

「いや全然。運動部は先輩がうるさそうだし、どっかに入ってないと面倒だから。幽霊部員だよ」


 何だかなぁ……。予想してなかった訳じゃないけども。青春の高校生活が、それで良いのか?

 そんなこんなで昼食を食べ終えて、カフェを後にした僕達は、再び図書館に戻る。



 僕と幾草が勉強している間、芽出さんは漫画にも飽きたのか、閲覧室内を散策し始めた。広い図書館だから本棚の間で迷子にならないと良いけど……心配し過ぎかな。

 昼食を挟んで、僕も幾草も少し集中力が切れかけている。その証拠に幾草は手が進んでいない。


「ちょっと休憩しようか?」

「そうだな」


 僕と幾草は席を立って閲覧室を出ると、館内の休憩所にある自動販売機でジュースを買って、そのままそこで一休み。本が置かれているスペースでの飲食は禁止されているのだ。


「数学の課題、どのくらい進んだ?」

「10%ってとこかな。今日で半分ぐらい終わらせる気で来たんだけど」


 それは欲張り過ぎじゃないだろうか? 夏休みは長いから、半日で一割も進めば十分だろう。


「そう簡単には終わらないって事だな」

「めんどくせー。勇悟は課題とか無くて、良いよなー」


 幾草が僕を羨ましく思う気持ちは分からなくもない。本当は高校に行きたかったんだよとか、言いたい事はあったけど、僕は反論しなかった。自分で決めた事だから言い訳はしたくない。


「そうは言うけど、幾草だって高校に行きたくない訳じゃないだろ?」

「まあ確かに……そこまでは言わないけどよ。これで英語の課題まであるんだから嫌んなるぜ」

「半分手伝おうか?」

「遠慮しとくわ。筆跡でバレるだろ。高校生にもなって、それは恥ずいわ」


 休憩を終えた僕と幾草は、勉強の続きをしに閲覧室に戻る。



 閲覧室に入ると、芽出さんが僕に駆け寄って来た。そして僕の手を取って言う。


「ああ、良かった。置いてかれたかと思った」

「そんな事しませんよ」

「怖かった……。一人で帰るのは怖いよ」

「大丈夫ですって」


 幾草が怪訝な目付きで、僕と芽出さんを見ている。誤解されない様にフォビアの事を説明したいけど、ここでは人が多いから言えない。

 僕は苦笑いしながら、芽出さんの手を引いてテーブルに着席した。


 数分して芽出さんは落ち着きを取り戻したけど、僕達がいるテーブルから余り離れようとはしなかった。

 僕が教科書の問題を解いていると、幾草が小声で聞いて来る。


「勇悟って、あの人とどんな関係?」

「どんなって言われても……。分かるだろ?」


 研究所で暮らしている時点で、フォビアを持つ人だという事は察して欲しい。


「そうなのか……。何となくだけど、そんな感じはしてたんだ。一緒に図書館に行きたいって言ったのも、そうなんだな?」

「まあ……そうだね」


 方向音痴のフォビアだから、一人では外出できない。誰かが一緒にいないといけないんだ。幾草は理解したのか、納得した様に息を吐く。


「……勇悟さんって呼んでも良いっすか?」

「何でだよ。敬語は嫌だって言ってたじゃないか」

「それは……そうだなぁ、俺も頑張らないとなぁ」


 何だろう? 場を和ませる冗談のつもりなのかな?

 僕は愛想笑いする。よく分からないけど、やる気になってくれたなら良い事だ。


 午後四時に僕達は図書館を後にして、バスで研究所の前まで帰る。その頃には芽出さんも元気になっていた。

 今日はフォビアを使う事もなく、一日勉強で有意義に過ごせたと思う。

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