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芽出さんと勿忘草さんがあちこち移動してウィンドウショッピングを楽しんでいる間に、もう午後二時半だ。ここから駅とホームセンターとスーパーを全部見て回るのは大変だぞ。
僕は化粧品売場にいる二人に近付いて言う。
「芽出さん、そろそろ次に行かないと夜までに帰れませんよ」
「えっ? あっ、もうこんな時間!」
芽出さんは携帯電話を見て慌てた。今の今まで気付いてなかったのか……。
デパートから駅まで徒歩で十分弱。スーパーも同じぐらいの距離にある。どちらから先に寄っても、ホームセンターまでは三十分ぐらい。駅とデパートとスーパーは近いエリアにあるけれど、ホームセンターはちょっと遠い。
更にそこから研究所に帰るまでに三十分。どれも迷わなければという前提条件が付くから、実際にはもっと余裕が無い。
「レナ、行くよ!」
「あ、待って麻衣ちゃん」
芽出さんに引かれて、勿忘草さんも化粧品売場を後にする。よく見たら二人は手を繋いだままだ。動物園では、そこまで親密な感じはしなかったんだけど。手を離すのを忘れているとか? まあ、どうでもいい事だな。
デパートを出た僕達三人は、次の目的地である駅に移動する。街中は大きな交差点がいくつもあり、車の往来も多い。駅の周辺は特に。市内から市外、そして近隣の都市への重要なアクセス拠点だけに、一日中人が絶えない。
もし駅の周辺で逸れたら大変だ。僕は芽出さんと勿忘草さんを見失わない様に気を付ける。幸い芽出さんは地図を確認するためにちょくちょく立ち止まるから、引き離される事はない。
周りの人が迷惑そうに迂回するけど、いちいち顔を憶えてまで恨みに思う人はいないだろうから、気にしないに限る。
駅の北口に着いたのは午後三時前。すぐに立ち去るつもりが無ければ、スーパーとホームセンターの両方に寄り道して帰るのは無理かも知れない。
そんな僕の心配なんかお構いなしに、芽出さんは僕と勿忘草さんに言う。
「ちょっと見て回ろうか?」
まあスーパーとホームセンターに行くのは、別の日でも良いんだろう。そう思って僕は何も言わずに頷いた。
駅は広いから端から端まで歩こうと思ったら、それなりに時間を食う。歩きっ放しも疲れるから、休憩もしないといけない。
僕達三人はまず駅の外周を一周する。駅の北口には広大なバスターミナルがあり、南口には地下駐車場への入口がある。近場には多くの駐輪場があり、コンビニや宝くじ売り場、屋台、ドラッグストア等が軒を連ねている。
駅の周りを歩いている間も、芽出さんと勿忘草さんはずっと手を繋いでいた。指摘した方が良いんだろうか? それとも水を差さない様に黙って見ているべきなのか?
判断に困る。女の人って友達とこんな風にずっと手を繋いでるの?
一周して北口に戻って来ると、芽出さんは僕と勿忘草さんに振り向いた。
「中も見て回ろう?」
僕も勿忘草さんも嫌と言う訳もなく、僕達は三人で駅の構内に入る。
正面にきっぷ売り場があって、その先に改札口があって、プラットフォームに上がる階段がある。他には待合、コインロッカー、トイレ、自販機、土産物屋、雑貨屋、食堂がある。僕にとっては見慣れた場所だ。
どこに何があるのかを一通り見て回った僕達は、待合の椅子に腰を下ろして、一息吐いた。歩きっ放しで三人共に疲れている。移動距離だけなら、動物園に行った時よりも長い。
僕は自販機で飲み物を買おうと思って立ち上がり、芽出さんと勿忘草さんに聞く。
「自販機に行って来ますけど、お二人は何か欲しい飲み物はありますか?」
「冷たい紅茶で。レナは?」
「私は……コーヒー、砂糖入りの」
「分かりました。買って来ます」
僕は小走りで自販機に向かった。二人は座って休んでいるから、迷子になる事も見失う事もないだろう。
僕が飲み物を買って来て手渡すと、二人は「ありがとう」と言って受け取る。
待合の大型テレビでは、午後のニュースを放送している。時刻は午後四時だ。
僕は芽出さんに確認した。
「そろそろ夕方ですけど、どうします?」
「そうだね、今日はホームセンターとスーパーに寄ってくのは諦めよっか」
芽出さんは地図を確認しながら言った。
強行すると言われなくて良かった。今から帰るなら、暗くなる前に研究所に着けるだろう。スーパーとホームセンターの近くを通って、建物の場所を確認する余裕もあるかも知れない。
……まだ芽出さんと勿忘草さんは手を繋いでる。
芽出さんは片手で器用に地図を開いたり閉じたりしているけど、不便に感じないんだろうか? 僕はとうとう我慢できずに聞いてみた。
「いつまで手を繋いでるんですか?」
そうすると芽出さんは勿忘草さんの右手を握っている自分の左手を見詰めて、不思議そうな顔をする。
「あら、本当」
芽出さんは一旦勿忘草さんの手を離すと、少し間を置いてもう一度握り直した。
勿忘草さんは無反応。僕は思わずツッコミを入れる。
「何で?」
「いや……何か寂しくて。向日くんが代わりに握ってくれる?」
芽出さんの言葉に僕は苦笑いで応える。嫌じゃないけど恥ずかしい。
僕はスポーツドリンクを一口飲んで、駅の外に目を向けた。
「もう帰りましょう。この前みたいに遅くなって暗くなるといけません」
「そうだね」
芽出さんは立ち上がって、勿忘草さんの手を引く。
僕達三人は駅から研究所に向かって出発した。
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