遭遇
1
翌日、火曜日午前九時。僕はいつもの様に四階メディカルセクションのカウンセリングルームで、日富さんのカウンセリングを受ける。
日富さんは僕の心を読んだ後に、眉間を押さえて大きな溜息を吐いた。
「向日くん、あなたという人は……」
「何かまずかったですか?」
「まずくはないですが、別の意味でまずいです」
意味が分からない。
取り敢えず椅子から立ち上がって軽く伸びをする僕に、日富さんは真っすぐな目で聞いて来る。
「あなたはハーレムでも作る気ですか」
「えっ、何でそんな事に?」
「無自覚なんですか? あなたは女性の扱いを覚えた方が良いですよ」
ハーレムも何も僕にはそんなつもりはなかったし、ただフォビアを克服するお手伝いができたら良いとしか思ってなかったんだけど。そもそも日富さんは心が読めるんだから、僕にそんな気は無いって分かってるはずだ。
何がそんなに問題だったんだろうか?
「フォビアを持っている人は誰でも、多かれ少なかれ他人との接触を恐れます。何かの拍子に、自分のフォビアに巻き込んでしまうかも知れないという恐怖心からです。故に距離を置こうとします。余り親しくなり過ぎない様に。一緒に行動する機会が多くなればなる程、フォビアの発動に巻き込む可能性は高まりますから」
それは分かるけど、ハーレムと何の関係があるんだ?
眉を顰める僕に日富さんは続ける。
「人は一人では生きられない生き物です。いつも心のどこかでは、誰かの愛を求めています。自分の事を認めてくれる人、自分の事を守ってくれる人、自分の事を信じてくれる人……。あなたはフォビアの飢えた心に希望を与えました。それは悪い事ではありませんが、同時に思わぬ副産物が生まれる事を覚悟しなければなりません」
「副産物?」
「愛情と言う名の執着心ですよ」
日富さんの言いたい事は大体理解できた。余り他人の個人的な領域にまで踏み込むなって事だろう。色恋に発展してしまうから。
でも僕は本当にそこまで思わせ振りな行動をしたんだろうか? 日富さんが読んでいるのは僕の心だけだから、芽出さんや勿忘草さんが本当はどう思っているのか、正確に読み取れている訳じゃないだろう。
僕はできるだけ多くの人の助けになりたい。僕のフォビアに、それだけの可能性があるのなら。
カウンセリングを終えた僕は、自分の部屋に戻った。
今日は休みだ。フォビアを使わずに、心と体の調子を整える日。
どうやって時間を潰そうかなと考えていると、携帯電話が鳴った。誰からかと思って確認すると、事務室だ。
「城坂です」
「何でしょうか?」
「平家穂乃実さんの件で、お伝えしたい事があります」
「はい」
「面会の許可が下りました。一週間後なら良いとの事です」
「来週ですか? 何曜日?」
「それは向日くんが決めてください。来週の月曜から金曜の間で」
「良いんですか? それじゃあ……火曜日でお願いします」
「分かりました。詳細が決まりましたら、また連絡します」
携帯電話を切って、僕はカレンダーに印を付ける。来週の火曜日、穂乃実ちゃんと面会……と。予定が重ならない様に注意しないとな。
それから僕は暇潰しに高校の教科書を手に取る。国語、古文、数学、物理、化学、歴史、地理、そして英語――これだけあれば、しばらくは退屈しない。
やっぱり学業のレベルが中学卒業で止まっているのは良くないと思う。研究所で働き続けるにしても、高校卒業資格ぐらいは取っておきたい。何より朝と昼の時間帯はどの番組もワイドショーばっかりで見ていても面白いと感じない。ニュースも朝と夕方だけ確認すれば、それで十分だし。
勉強で集中力が落ちて来たと感じたら、ジムに行こう。こうして計画を立てて勉強していると、有意義な時間を過ごしている気がする。
午前十一時、そろそろ集中力の限界を感じ始めていた頃、また携帯電話が鳴った。
今度は……芽出さんだ。
「もしもし、向日くん」
「はい、何でしょう?」
「ちょっと買い物に付き合ってくれないかな?」
「今日ですか?」
「そう。午後から」
「えー、済みません。今日は無理です。一日フォビアを使ったら、一日休む事になっていて。明日なら大丈夫なんですけど」
「そうなんだ……。明日は良いんだね?」
「はい」
「じゃ、明日の午前十時」
「分かりました」
「宜しくねー」
通話が終わった後、僕は小さく溜息を吐いて、カレンダーに書き込みに行く。
これは本当に日富さんが言う様な事なんだろうか? 単にフォビアが暴走した時のストッパーとしての役割を期待されているだけなんじゃないか?
それはそれでどうかと思うけれども、やっぱり愛情って程の事は感じない。年の差があるし、良くて弟分みたいな扱いなんじゃないのかなぁ……? 注意が必要とまでは思わないんだけど。
僕はカレンダーに印を付けて、大きく伸びをした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます