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勿忘草さんは余程レッサーパンダが気に入ったのか、午後三時までずっと餌をあげていた。一向に飽きて離れる気配が無い勿忘草さんに、芽出さんは痺れを切らして呼びかける。
「レナ、そろそろ行くよー!」
「はーい! 何しに行くの?」
「ポニーのイベントがあるんだってば!」
「ポニーって……」
「馬だよ。馬の小さいの」
「あー、そのポニー!」
「他にどのポニーがあるっての?」
二人は何だかんだ言いながら仲良しだ。恥ずかしそうに笑う勿忘草さんを、芽出さんが「しょうがないな」という風に微笑んで受け入れる。
僕達三人は園内のポニーの牧場に移動する。
牧場では既に多くの人が一時的に開放された柵の中に入って、飼育員さん達の同伴でポニーと直接触れ合っていた。名前通りの「ふれあい」イベントだ。
ポニーは人の胸ぐらいの高さしかない小さな馬だけど、芽出さんも勿忘草さんもなかなか自分からは触りに行かない。小さな馬と言っても犬や猫に比べればかなり大きいから、実際に触るのは怖いんだろう。
柵の中で立って見ているだけの僕達の所に、白いポニーを連れた男性の飼育員さんが近付いて、声をかけて来る。
「どうです? お触りしてみませんか?」
でも芽出さんも勿忘草さんも二人で苦笑いしているだけだ。イベントに行きたいって言ったのは芽出さんなのに、そんなんで良いんだろうか?
しょうがないから僕が最初に触ってみる。
「じゃあ、僕が」
そう言って進み出ると、飼育員さんは僕の手を取って、馬の首筋に当てる。
「ここを撫でてやると喜びますよ。『よしよし』と声をかけながらやってください」
僕は言われるままに馬の首を撫でた。気持ち良さそうにしてるのかは……よく分からない。目を伏せて項垂れているから、嫌そうにしている様にも見える。
僕は芽出さんに振り向いて呼びかけた。
「芽出さんも。せっかくですから」
「あ、はい」
芽出さんは恐る恐る前に出て、ポニーに手を伸ばす。
飼育員さんが近くにいるからか、ポニーは大人しいままだ。
「もっと強く撫でても大丈夫ですよ。ガシガシ掻いてやると、もっと喜びます」
「はい」
芽出さんが軽く爪を立てて掻くと、馬は気持ち良さそうに鼻を伸ばした。
飼育員さんが楽しそうに解説する。
「ほら、馬がだらしなく鼻の下をだらーんと伸ばしているでしょう? これが気持ち良いって合図です」
馬にも好みがあるんだろうか? 僕の時は無反応だったのに。
「レナも触ってみなよ!」
芽出さんに呼ばれて、勿忘草さんも恐る恐るポニーに近付き、恐る恐るポニーに触れる。両側から首を撫でられて、馬はご満悦の表情だ。
……悔しくなんかないさ。嫉妬なんてくだらない。偶々この馬と僕の相性が悪かっただけだ。
それから芽出さんと勿忘草さんは、一時間ぐらいポニーを触り続けていた。ポニーの方も嫌がりもせずに、大人しく撫でられていた。ちゃんと飼育員さんが側に付いていて、助言をしていたのもあるんだろうけれど。
ただ時間は過ぎて、午後四時でイベントは終了。芽出さんと勿忘草さんは名残惜しそうにポニーに別れを告げる。
「もう
芽出さんは僕と勿忘草さんに向けて言った。
「そうしましょう」
僕は素直に頷く。
研究所に着く頃には、暗くなり始めているだろう。迷わずに真っすぐ帰れるとは限らないし、余り遅くならない様にしたい。
僕達三人は牧場から離れて、動物園の出口に向かう。
それでそのまま帰る流れになるのかと思ったら、芽出さんは最後にお土産センターに立ち寄った。
「向日くんも何か買ってかない?」
「父さんや母さんに……ですか?」
この動物園には小さい頃に家族と一緒に何度も来たから、特別にお土産を買う必要を余り感じない。
「それも良いけど、友達とかにでも」
友達……アキラ――いや、彼の事じゃないのは分かってる。でも忘れられる事じゃないんだ。少し気分が落ち込む。
いやいや、下を向いてばかりもいられない。……そうだ、幾草に何か買って行くとしよう。そのくらいのお金はある。
僕はお土産コーナーを見回した。でも、なかなか何を買えば良いのか分からない。ここは無難にクッキーでも買っておこうか……。
僕は会計で二人に合流する。いくら芽出さんでも、狭いお土産コーナーでは迷子にならなかったみたいだ。もしかしてという思いがあったから僕は安心する。
ふと勿忘草さんに目を向けると、勿忘草さんはレッサーパンダとポニーのぬいぐるみを片腕に抱えていた。この買い物も思い出を忘れないためなんだろうか? ああ、深く考えるのはやめよう。カワイイから買った。動機なんてそれで十分だ。
僕達は午後五時に動物園を出る。空は赤くなり始めている。暗くならない内に無事に帰れるだろうか?
僕は芽出さんを見た。
「芽出さん、大丈夫ですか?」
「え? 大丈夫だけど……何の話?」
「いや、その、帰り道は分かりますか?」
「あ、そういう事? 地図もあるし、大丈夫、大丈夫」
本当に大丈夫かなぁ? 行きは地図があっても迷いかけたのに。でも本人が大丈夫と言うんだから任せよう。いざとなったら僕が先導すれば良い。
僕は自分のフォビアに少し自信を付けていた。
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