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作戦が失敗した翌日の朝、僕はいつも通りにウエフジ研究所の寮内の自分の部屋で目覚める。今日は少し体が重かった。昨日の作戦で予想外に心身が疲労していたのかも知れない。
起床したのは午前七時、いつもより一時間遅い。食堂に向かったのは、八時前だ。幾草はもう登校しに出て行った後だろう。
七時から八時にかけての時間帯の食堂は、最も人が多い。僕は人込みを避ける様に、空いた席に座る。
僕が箸を手に持つと、横から声をかけられた。
「隣、良いかな?」
「はい、どうぞ」
誰かと思って振り向くと、船酔さんだった。
「昨日の事だけど、助かったよ」
助かったと言われても、やっぱり僕には自覚が無い。僕は愛想笑いするだけ……。もっと……こう手応えと言うか、反動みたいなのがあると分かり易いんだけど。疲労するのにもタイムラグがあるし……。
一人で悶々としている僕に、船酔さんはまじめな顔で言う。
「君にはこれからも活躍して欲しいと思っている」
「そ、そうですか……」
そう言われても困るんだけどな。もっと自分のフォビアを思い通りに扱える様にならないと。
生返事をしてばかりの僕に、船酔さんは怪訝な顔をした。
「乗り気じゃないみたいだな」
「いや、その、嫌って訳じゃないんですけど」
「何だ?」
「自信が無いって言うか……」
「あれだけの力を持っているのに?」
「……正直な話、僕がやったっていう感覚が無いんですよ。気付いたら、そうなってたって感じで」
「ははぁ、成程」
船酔さんは呆れた様に笑うと、それ以上は何も言わなかった。
僕は気まずい思いをしながら、朝ご飯を食べ始める。
午前九時、カウンセリングに行く時間だ。カウンセリングルームに入ると、デスクについていた日富さんが顔を上げて、それとなく聞いて来る。
「おはようございます、向日くん。初めて保護作戦に参加した感想は?」
「……ちょっと怖かったです」
「怖い思いをしたんですね。もっと詳しく聞かせてください」
体験を語るのに言葉は要らない。僕は椅子に座って目を閉じ、日富さんに心を読んでもらう。温かい手が僕の額に置かれる。
「ゆっくりと昨日の事を思い浮かべて。何があって、何をしたのかを」
「はい」
昨日の事を振り返りながら、僕は役に立てたんだろうかと自問する。
感謝されたんだから、役には立っていたんだろう。でも、僕自身は十分だとは思わない。もっと早くフォビアが使えていれば、公安の人が重傷を負わずに済んだかも知れない。焦りが募る。
……日富さんが僕の額から手を離した。僕が目を開けると、日富さんは優しい笑みを浮かべて言う。
「お手柄だったみたいですね」
「そんな事は全然……」
自己評価と他者の評価が違う事に不安になる。過大評価じゃないのかと。
あの日から僕は自信を失ってしまったから、人に褒められる事に違和感しかない。僕のフォビアを僕自身の力と言う事にもためらいがある。努力して身に付けた力じゃないから。
自分自身で積み上げた確かな背景を持たない力は、本当の意味で自分の力にはならないんだろう。偶然に身に付けた能力だから、失う事を恐れるだけだ。
後ろ向きな気持ちになる僕の手の上に、日富さんはそっと手を重ねる。
「大丈夫、誰でも最初は自信が無いものです。少しずつ慣れて行くんですよ」
僕は小さく頷いた。
そうなんだろう。今の僕が考えないといけないのは、次の事だ。
昨日は良くなかった。そう思うからこそ、次こそは意識を変えて、上手くできる様に挑まないといけない。
……でも、訓練をする訳じゃないから、僕は暇を持て余す。次のフォビア保護作戦が始まるまで、何もせずに待っていて良いんだろうか?
いいや、当然それじゃいけない。取り敢えず、考えをまとめよう。
昨日は失敗だった。相手のフォビアが確認できた時点で、無効化を試してみるべきだった。見ているだけで良いって言われてたから、自分で何とかしようって気持ちが欠けていた。
霧が発生した直後に無効化できていれば、もしかしたら作戦が成功していたかも知れない。そう上手くできていたかは別として、次からは早く試さないといけない。
やってみてダメだったらしょうがないけど、やりもしないのは最悪だ。焦りや恐怖に惑わされず、落ち着いてフォビアを発動させよう。まずはそれができないと話にならない。
いつでも無効化のフォビアを意識するんだ。そして何かあった時には、すぐに発動できるか試してみる。
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