3
僕と笹野さんが車を停めた場所まで戻って来た時には、他のフォビアの人達に加えて迷彩服を着た公安の人達も、何人か合流して来ていた。
そこには僕達が乗って来た二台の乗用車に加えて、見慣れないバンや乗用車も駐車してあった。きっと公安の人達の車なんだろう。
笹野さんは怪我をしている公安の人を、同じ公安の仲間の人に預ける。
怪我をした公安の人は救急車みたいな内部構造のバンに乗せられて、先に山を下りて行った。これから病院に運ばれて、本格的な治療を受けるんだろう。
僕はこの場にいるフォビアの人達の顔触れを確認する。船酔さん、倉石さん、高台さん、房来さん、弦木さん……あれ? 復元さんがいない。
キョロキョロしている僕に、浅戸さんが話しかける。
「どうした?」
「復元さんは……」
「復元なら怪我した公安の付き添いに行ったよ」
「あぁ、それなら良かったです」
笹野さんと浅戸さんもいるし、これで全員戻って来た事になる。誰も欠けていない事に、僕は安心した。
でも……クモ女は? 僕は気になって高台さんに尋ねた。
「高台さん、クモ女はどうなったんですか?」
高台さんは困った顔をして、答え難そうにしている。
「……この場にクモ女がいないって事は……」
「失敗した……んですか?」
「俺も外で待機してただけだから。詳しい事は房来さんか弦木さんに聞いてくれな」
高台さんも廃屋の中で何があったかまでは知らないみたいだ。やっぱり突入した当人に聞かないと分からないんだろうと思って、僕は房来さんの姿を探す。
全員黒い上着にサングラスだから、なかなか見分けが付かない。
……あ、見付けた。房来さんは弦木さんと一緒に、公安の人と何か話をしていた。
邪魔をしたら悪いかなと思いながらも、僕は房来さんに近付いて話しかける。
「房来さん!」
「おお、向日くん。君が霧隠れのフォビアを消してくれたのか?」
質問するつもりが先に質問されて、僕は不意を突かれた。
「えっ、いや、どうなんでしょう……僕の能力なんですか?」
「自覚が無いのか……。いや、訓練の時からだったな。あのな、君じゃなければ誰だと言うんだい? とにかく助かったよ」
お礼を言われても変な感じだ。本当に僕の能力かも分からないのに。そういう事にしてしまって良いんだろうか?
迷いのあった僕は、強引に話題を切り替える。
「それよりクモ女はどうなったんですか?」
僕の質問に房来さんは少し困った顔になった。そして小さく溜息を吐いて答える。
「……取り逃がしたよ。彼女のフォビアは狭い場所での待ち伏せに適しているから、追い詰めるのは容易じゃない」
「どんなフォビアなんですか?」
「クモの巣だ。巨大なクモの巣の幻覚を見せる」
それだけ聞くと大した能力じゃないと思うんだけど……。
イマイチ分かっていない僕の様子を察してか、房来さんは言い添える。
「フォビアが生み出す幻覚は実物と変わらないどころか、思い込みの強さによっては実物よりも強力になる。ただ感覚を狂わせるだけに
僕は公安の人がブラックハウンドに襲われた瞬間を思い返す。
ブラックハウンドの猟犬もフォビアによって生み出された物のはずだ。あれも幻覚だけじゃなくて、実際に公安の人に傷を負わせた。フォビアによっては恐怖が実体を持つ事もあり得るんだ。
結局のところ作戦は失敗に終わった。クモ女には逃げられて、公安の人が一人重傷を負った。正に骨折り損のくたびれ儲けだ。僕にとっては貴重な経験を積んだと時間でもあるんだけど、割に合わない終わり方だと思う。
僕達は車に乗ってウエフジ研究所に帰る。
復元さんが公安の人と一緒に行ってしまったから、こちらの車には笹野さんと高台さんと僕の三人だけ。一人分だけ空いている車内が少し落ち着かなくて、僕は高台さんに尋ねた。
「復元さんを待ったりしなくて良いんですか?」
「はは、子供じゃあるまいし。一人で帰れるよ」
まあそれもそうかと納得して、僕は大きな息を吐くと、後部座席のシートにゆったり身を委ねる。慣れない事ばかりで疲れていたのか、車が発進すると僕はうとうとしてすぐ眠りに落ちてしまった。
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