クモ女保護作戦

1

 僕達の乗る車が着いた場所は、S市の市街地から北に遠く離れた山間部にある曲がりくねった道路。その待避所に車を停めて、僕達はぞろぞろと路上に降りる。

 山の中のちょっと冷たい澄んだ空気を胸いっぱいに吸い込む。はぁ……解放された気分だ。昨日今日と車で移動する時間が長かったから、息が詰まりそうだった。

 山は見渡す限り緑で、例の民家は屋根も見えない。恐らくだけど、クモ女に逃げられない様に、ここからは徒歩で接近する事になるんだろう。

 ……復元さんは相変わらず、携帯電話で誰かと話を続けている。船酔さん以外の五人は、道路を道なりに進み始めた。僕も後に付いて行こうとすると、ハンチング帽を被った笹野さんに肩を掴まれて止められる。


「君はこっちだ」

「あっ、はい」


 ……びっくりした。笹野さん、顔が怖いから。心臓に悪いよ。

 笹野さんは道路を外れて、山の中に続く小道を歩く。僕は戦力として数えられていないから、邪魔にならない場所で見学するのかな?

 雑木林の中を歩いて、僕と笹野さんは民家を見下ろす小高い崖の上に出た。そこには迷彩服を着た男性が一人いる。自衛隊? それとも警察? パッと見では武装はしてなさそうだけど、拳銃ぐらいは隠し持ってるかも知れない。

 笹野さんは僕を迷彩服の男性に紹介する。


「彼が例の新入りだ」


 迷彩服の男性は小さく頷いて、僕の方を見た。


「初めまして」


 この人は誰なんだろうと僕が疑問に思っていると、笹野さんが言う。


「彼は公安の人だ。これから何度も顔を合わせる事になるだろうから、憶えておくんだな」


 公安……よく知らないけど警察の裏の仕事みたいなのをする組織だっけ? 警察とは違うのかな?

 僕は笹野さんに聞く。


「公安って?」

「知らないのか? 警察の一部門だ」

「はぁ、警察なんですか」


 僕は公安の人に向かって小さく頭を下げた。


「宜しくお願いします」

「どうも。こちらこそ」


 公安の人も小さく頭を下げる。

 でも、何か変な感じだ。名乗ってくれないし。初対面で簡単に名前は教えられないとか、そういう事なのかな?

 でも、知らなかった。F機関が警察と協力しているなんて。

 まあ……よく考えてみれば、そうだよな。F機関は大きな組織じゃないし、全国にいるフォビアの情報を仕入れようと思ったら、警察との連携が必要なんだろう。

 裏を返せば、超能力解放運動は警察にマークされていても、まだ活動を続けている集団って事になる。かなり手強い組織なんだろうな。


 僕が考え事をしていると、笹野さんが僕に手招きして崖の側に誘う。


「姿勢を低くして、こっちへ」


 この場所からは廃屋がよく見える。見覚えがあると思ったら、会議室で見た写真と角度が同じだ。ここで撮られた写真だったんだな。

 その廃屋の前に五人の黒い服を着た男達が移動して来る。復元さん達だ。

 数分遅れて、そこにバイクに乗った船酔さんが合流した。それと同時に、三人が廃屋の正面玄関から突入して、船酔さんは正面で待機、残る二人はそれぞれ東側と西側に移動する。突入する三人は房来さんと弦木さんと復元さんだろう。いよいよ作戦が始まったんだ。


 僕は固唾を呑んで、事の成り行きを見守る。僕達の後方で、公安の人が通信機で誰かと話をしている。他にも廃屋を監視している仲間がいて、その人達と連絡を取り合っているんだろう。



 三人が廃屋に突入してから五分ぐらい経ったけど、外で見ている限りは何も分からない。僕は笹野さんに尋ねてみる。


「今頃どうなってるんでしょうか?」

「中にいるのは、クモ女だけのはずだ。苦戦する事はないと思うが……」

「吸血鬼とか、他の三人は今いないんですか?」

「何とも言えない。人に見付からずに出入りする方法が無いとは言えない。ブラックハウンドや霧隠れは、特定の条件下では姿を見せずに行動できる」

「霧隠れ?」


 急に知らない人の名前を出さないで欲しい。


「通称だ。本名は川地かわち闘志とうし。霧を操るネビュラフォビア」

「そんな人もいるんですか……」

「とにかく連中は人材が豊富だ。超能力者が世の中をリードするべきだと信じているからな。同じ超能力者にとっては聞こえが良い。優秀な超能力を持つ者なら尚の事、連中の思想に共鳴する」


 僕は嫌な気持ちになった。超能力は普通の人には無い力だから、そんな風に思う事は分からなくもない。だけど、結局は同じ人間だろうに。超能力者だからって無条件で認められる訳がない。


「C機関で活躍するんじゃダメなんでしょうか?」

「裏方では満足できないんだろうよ」


 より日の当たる場所を求めてしまうのは、人の性なのかも知れない。もっと注目されたい、活躍を認められたい、多くの人に影響を与えたい。そういう思いを捨てられないのは、僕も同じだ。ただ見ている事しか許されない状況は歯痒い。

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