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水曜日の朝八時に、僕を含めたクモ女保護作戦メンバーの七人は、S市に向かって二台の黒い乗用車で移動する。
片方は僕と復元さんと高台さんのグループ、もう片方は弦木さんと房来さんと倉石さんのグループだ。皆それぞれの乗用車に分かれて乗り込む。僕達のグループの運転手は笹野さん、向こうのグループの運転手は浅戸さんだ。
笹野さんとは初対面だけど、この人はサングラスをかけていて、両サイドの髪を剃ってモヒカンみたいにしているから怖い。ヤクザというかギャングみたいだ。いや、サングラスは他の人もかけてるんだけど、何もそんな悪目立ちする髪型にしなくても良いのに。しかも無精髭を生やしてるし。完全に怖い人だよ。
乗り物酔いする船酔さんは、一人だけ中型バイクに乗って行くみたい。自分で運転しなければ酔わないって、前に言ってたしな。
それにしても船酔さんのバイクはカッコイイ。僕もいつか免許を取って、ああいうバイクを運転してみたい。
全員が車に乗り込んで、二台の乗用車と一台のバイクは、研究所を出発する。
実際に作戦が決行されるのは明日だ。取り敢えず、今日は何もせずにS市内のホテルで休む事になっている。
約四時間の長いドライブの末に、僕達はS市の小さなホテルに着いた。外観の割に内装は整っていて、それなりに高級そうな雰囲気を漂わせている。
メンバーは基本的に二人で一つの部屋に泊まるんだけど、僕だけは配慮されたのか一人部屋を宛がわれた。寮の部屋よりは狭いけど、一人で泊まるには十分な空間だ。無料で見れるテレビも置いてある。ちょっと贅沢。他の人達は二人で一部屋なのに、いいのかなと引け目を感じてしまう。……まあ、ありがたく思っておこう。
それよりもまずは昼食だ。食事はビュッフェ形式で、代金は宿泊費に含まれているらしい。……僕はいつも通りに白いご飯と味噌汁、それに焼き魚とお浸し、漬物を取って食べた。他にもパンとかパスタとかミートボールとかあったんだけど、やっぱりこれだよ。
一人で黙々とご飯を食べていると、横から復元さんが話しかけて来た。
「渋いチョイスだね、向日くん」
「そうですか?」
渋いと言われても、これが好きなんだからしょうがない。そう言う復元さんはパンにサラダとチーズとハムを挟んでサンドイッチにしている。
僕は食事中にそれとなく復元さんに尋ねた。
「復元さんは、今回の作戦をどう思ってますか?」
「どうって?」
「……その、難しそうだとか、楽勝だとか」
「ああ、そんなに心配はしてないよ。油断してる訳じゃないけどね。房来も弦木も一流のフォビアの使い手だし、他の三人もサポートに関しては優秀だ」
復元さんは何でもない事の様に言うけれど、そんなに楽観的で良いんだろうかと僕は思う。でも、新参者の僕があれこれ心配するのも変な話だ。慣れている人の言う事を信じるべきなんだろう。
昼食後、僕はS市内を散策するとか、どこかに遊びに出るという事もせずにホテルで大人しくしていた。本音では、超能力解放運動や超能力監視委員会に、鉢合わせてしまう事が怖かった。
クモ女のいる廃屋が同じS市内にあるんだ。奴等が近くにいたっておかしくない。観光気分でのんびり街を散歩する気には、とてもじゃないけどなれなかった。
そのまま時は過ぎて、何事もなく一夜が明ける。
翌朝八時、いよいよクモ女がいる廃屋に向かう事になった。どういう訳か、今日は皆して黒いスーツを着てサングラスをかけている。
笹野さんは僕にも、サングラスと黒いジャケットを貸してくれた。
「顔を覚えられると面倒だからな」
「はい」
僕は笹野さんの説明に納得して、サングラスをかけてジャケットを羽織る。ホテルの廊下にある大きな鏡で自分の姿を見ると、何だか悪い人になった気分だ。
僕達を乗せた二台の乗用車と一台のバイクは、八時半前にホテルの駐車場を出る。
車の中で復元さんは携帯電話で誰かと連絡を取っていた。車が市街地から離れて少し開けた走っていると、僕と一緒に後部座席に座っていた高台さんが横から話しかけて来る。
「向日くん、後ろを向かずにミラーで後方を確認してみろ」
僕は言われた通り、車内のバックミラーに目をやった。
……僕達が乗っている黒い乗用車の後ろに、白い乗用車が付いて来ている。
「監視委員会の連中だ。毎度毎度、どこで嗅ぎ付けて来るんだか」
僕は目を大きく見開いて、改めて白い乗用車を凝視した。フロントガラスにはフィルムが貼られていて、車内の様子を見え難くしてある。
「大丈夫なんですか?」
僕が尋ねると、高台さんは口の端に小さく笑みを浮かべた。
「あいつ等はC機関やF機関には手を出さない。国が管理している団体だと認識しているからな。監視委員会が攻撃できるのは、公的な機関の統制下に置かれていない超能力者だけだ。それでも作戦の邪魔ではあるけどなー」
「どうするんですか? 放置?」
「何のために船酔さんがいると思ってるんだ?」
高台さんがそう言うと、少し前を走っていた船酔さんのバイクが速度を落として、白い乗用車に近付いた。直後、白い乗用車は徐々に速度を落として、路肩に停車してしまう。
船酔さんの乗るバイクは速度を上げて、僕達の乗る乗用車を追い越し、元の位置に戻った。片手をハンドルから離して親指を立てる船酔さんに、笹野さんと高台さんが同じく親指を立てて返す。乗り物に乗っている相手に対して、船酔さんのフォビアは最大の効果を発揮するんだ。
フォビアも適材適所なんだなと僕は実感した。僕もいつかは。
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