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ミーティングが終わった後、自分の部屋に戻った僕は、二つの組織についてずっと考えていた。超能力解放運動と超能力者監視委員会。
僕の個人的な感覚としては、超能力解放運動には同情的で、超能力者監視委員会には否定的だ。自分もフォビアという超能力を持っているから、それを危険視される事には反感がある。但し、解放運動を好意的に見ている訳じゃない。どっちが良い悪いじゃなくて、どっちも悪い。そういう事にしておいた。
諸々の小難しい話は横に置いて、とにかくF機関は「クモ女」って人を保護しようとしている。でも、無事に保護できたとしても思想は変わらないよなぁ……。危険な思想を改めさせないと、閉じ込めるだけになってしまう。それとも超能力者の刑務所みたいな施設が、こことは別にあるのかな? F機関はどっちかって言うと、更生施設みたいな感じだけど。
……最初にF機関にスカウトされて良かった。もし解放運動や監視委員会に目を付けられていたら、大変な事になっていただろう。……いや、僕の場合は何かを起こす超能力じゃないから、ずっとマークされなかったかも知れない。
ああ、思考が散らかってまとまらない。頭がごちゃごちゃして憂鬱な気分だ。僕は首を横に振って、リビングに寝転んだ。
午後一時、昼食を終えて自分の部屋で休憩していると、携帯電話が鳴る。上澤さんからのメールだ。
□□重要□□
クモ女保護作戦参加メンバー
◎復元治己
◎房来秩則
◎弦木剣示
〇船酔廻
〇倉石強
〇高台挙
△向日衛
以上七名は本日午後三時に会議室に集合
……向日衛って僕だよな。僕が参加して大丈夫なんだろうか? 以前、房来さんに言われた事を信じるなら、クモ女の保護が安全そうな部類に入るって事だけど、本当にそう思って良いんだろうか? F機関以外にも二つの組織が絡んでいるって、この上なく厄介な状況に思える。もっと危険な状況があり得るって事なんだろうか?
それに場所はS市……船酔さんはどうやって移動するんだろう? 自分で運転すれば大丈夫って言ってたから、船酔さんが運転するのかな?
この名前の前にある記号の意味は何だろう? 僕だけ△なんだけど、これはもしかして戦力として使えるかどうかを表してるんだろうか? 戦力として数えられていないなら、それはそれで良いんだけど。寧ろ、期待されていたら困る。
午後三時まで二時間弱、全く思考をまとめられないまま、僕は落ち着かない気持ちで過ごした。
午後三時、再び会議室に行くと、倉石さんと高台さんがいた。他の四人は……まだ来てないみたいだ。
僕は今度も後ろの方の席に座った。前の方に座るのは、何だか畏れ多い。
そう間を置かず、他の人達も会議室に集まる。船酔さんに続いて、復元さん、房来さんも。そして最後の一人も現れた。消去法で彼が「弦木」さんだ。
……あっ、思い出したぞ! 弦木さんは廃ビルで会った人だ。
全員が席に着いた後で、副所長の上澤さんが入室する。
「……七人。良し、全員揃っているな」
人数を数え終えた上澤さんは、ホワイトボードの前に立った。
「これからクモ女保護作戦の概要を説明する」
そして一枚の民家の写真と見取図を貼り付けた。
「クモ女が潜伏している廃屋は、二階建ての和風建築。障害物の多い屋内は、クモ女の得意とする
上澤さんは赤と青の磁石を使って、人の動きを説明する。刑事ドラマの作戦会議みたいだ。
房来さん、弦木さん、復元さんの三人が正面から突入して、船酔さん、倉石さん、高台さんが、それぞれ廃屋の外周を見張る配置となっている。
「今回の作戦には新人の向日くんも参加するが、彼には現場の雰囲気に慣れてもらうだけだ。戦力としては期待するな」
そして最後に黄色い磁石が、廃屋から離れた場所に置かれた。僕は遠くから見学してろって事なんだろう。
これで話は終わりかと思ったら、上澤さんは新しい写真を取り出して、ホワイトボードに貼った。
「この廃屋にはクモ女の他に、同じ超能力解放運動のメンバー『吸血鬼』、『ブラッドパサー』、『ブラックハウンド』らしき人物の出入りが確認されている。夜間の行動は危険だ。実行は日中、天候次第では延期も考える。作戦中、倉石はブラックハウンドとの遭遇を避ける事」
また知らない人が増えてしまった。もう覚え切れないぞ。
三枚の写真の人物は、揃って黒い服を着ていて見分けが付かない。夕方に撮影したのか背景も暗い。こんなんじゃ遭遇しても分からないぞ。どうやって特定したんだ?
でも、僕以外の人達にとっては周知の事実みたいだ。
「話は以上だ。明後日にはいつでも出られる様に準備しておいてくれ。では、解散」
上澤さんの話が終わると、皆ぞろぞろと出て行ってしまう。
最後に残った僕に、上澤さんは目を向ける。
「どうした、向日くん? 質問でもあるのかな?」
「ええ、その……吸血鬼とかブラッドとかって何ですか?」
「ああ、説明が必要だな。『吸血鬼』はヒプノシス系とレビテーション系の複合能力を持った超能力者と目されている。年齢不詳、本名不明の男性。フォビアを持っているかは不明だが、血液に執着を持っている事は確かだ。吸血鬼と呼ばれるくらいだからな」
「ヒプノシス……レビテーション……?」
専門用語を使われても困る。さっぱり意味が分からないぞ。
上澤さんは眉を顰める僕を見て、苦笑いする。
「ヒプノシスは催眠術だ。人の意識を譫妄状態にする。レビテーションは浮遊に特化した超能力」
だったら催眠術と浮遊能力だって言えば良いのに。カタカナ英語のままで日本語に翻訳しないって、どうなのさ。……そうは思っていても、口には出さないんだけど。
「『ブラッドパサー』は血液恐怖症の男性。フォビアは傷口を拡げて止血を阻害する能力。掠り傷からでも、失血死に繋がる可能性がある。そして『ブラックハウンド』は暗所恐怖症の男性。恐怖症こそ倉石と同じだが、ブラックハウンドの能力は暗闇の中から怪物を生み出す。暗所恐怖症と同時に野犬恐怖症でもあると思われる」
「……危険な人達じゃないんですか?」
「超能力解放運動に危なくない奴はいないよ」
「もし、この人達も同じ場所にいたら……保護するんですか?」
「そんな余裕は無いかも知れないが、最善は尽くすつもりだ」
上澤さんは「絶対に保護する」とは言わなかった。保護に失敗してもしょうがないって事なんだろう。でも、吸血鬼もブラッドパサーもブラックハウンドも有用な能力じゃないんだろうか? C機関と協力すれば、何とかなりそうな気もするんだけど。
「その三人もC機関は使える人だとは思ってないんでしょうか?」
「使えない事はないはずだ。しかし、思想を改められるかという問題がある。自分の超能力を世のために役立てたいと考えているなら、解放運動なんかせずに素直にC機関に降っているよ」
「そうですか……」
「有能さと誠実さは乖離するという事実を知っておくんだな。C機関にもF機関にも降らないという事は、それ以上に解放運動にメリットを感じているという事だ」
上澤さんの言い方は、まるで三人の人間性を知っているかの様だ。
どうあってもC機関の協力は期待できない。僕が不安に思っていると、上澤さんは僕の肩に手を置く。
「心配するな。君が前線に出る事はない」
上澤さんの言う通り、僕の安全だけは守られるのかも知れない。離れた場所で見ているだけなんだから。……だけど、それで本当に良いんだろうか?
僕も力になりたい。何もできないままなのは嫌だ。
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