初出動
1
それから僕は数日間は退屈な日を過ごした。朝起きて、朝ご飯を食べて、カウンセリングを受けて、時間を潰して、お昼ご飯を食べて、また時間を潰して、夕ご飯を食べて、風呂に入って寝る。こんなんで良いのかと、疑問に思わざるを得ない。
そんなある日、高台さんから暇な時にはジムでトレーニングすると良いってアドバイスをもらった。それからジムにも通う様になって、高台さんの他にも、船酔さん、芽出さん、炭山さんがよくジムを利用している事が分かった。
だから何だって訳じゃなくて……まあ、それだけなんだけど。
大きな変化が訪れたのは、翌週の月曜日だ。
この日は上澤さんから事前にメールで、カウンセリングが終わった後に三階の会議室でのミーティングに参加する様に言われた。ミーティングの内容は教えてもらえなかったけれど……。
日富さんのカウンセリングを受け終えた僕は、三階の会議室に直行する。
会議室のドアを開けて入ってみると、上澤さんが学校の先生みたいにホワイトボードの前に立っていた。そして座席には十一人の男女が座っている。その内の何人かは僕の入室に反応して振り向いた。
室内にいたのは諸人さん、復元さん、増伏さん、房来さん、船酔さん、耳鳴さん、高台さん、倉石さん、芽出さん……と、あの人は……初堂さん! それと……誰だ? 知らない男の人が一人……いや、見覚えはある様な気がする。まあ、今すぐに思い出さなくても良いだろう。
とにかく僕は後ろの方の空いた席に座った。同時に上澤さんが話を始める。
「さて、全員揃ったな。先週、クモ女の拠点が判明した。県内のS市の空き家だ」
クモ女って何だ?
僕は疑問に思ったけれど、他の人達は驚きもせず、ただ黙って上澤さんの話を聞いている。僕も黙って続きを聞く事にした。
「諸君はご承知の事と思うが、改めて説明しよう。クモ女――本名『
上澤さんはクモ女の写真をホワイトボードに張りながら言った。
若い女の人だ。変な怪人とかじゃなくて良かった。……そう言えば、フォビアを持ってる人は基本的に若いんだったな。年を取ってもフォビアを維持できる人は少ないんだって、前に上澤さんが言ってたし。
超能力解放運動とか超能力者監視委員会の事は、頭に入り切らなかった。耳には入っていたんだけど、右から入って左から抜けた感じだ。一度に情報を詰め込まないで欲しい。
「決行は明後日。参加メンバーは本日十三時にメールで知らせる。それでは解散! 向日くんは残ってくれ」
えっ、僕だけ残るのか……。初めて聞く話ばかりだったから、その説明をしてくれるんだとは思うけど。
僕以外の全員、ぞろぞろと会議室を出て行く。僕は一人だけ取り残されて、上澤さんと二人だけになった。
上澤さんは手招きして僕を呼び寄せる。
「そんな遠くにいないで、近くに座りなさい」
「はい」
僕が前の方の席に座ると、上澤さんは説明を始める。
「さっきの話で分からない所は無かったかな? ドシドシ質問してくれ」
「いや、その、何から聞いて良いか……」
何とか運動とか何とか委員会とか、もう憶えてないぞ。
上澤さんは困った顔をした。
「そうだな、まず超能力解放運動の事から話そう。超能力解放運動とは、アウトローな超能力者の集団だ。選民思想を持っていて、F機関やC機関に反発している」
「……そんな危ない人達がいるんですか?」
「いるんだ。連中は超能力をどう使おうが、自分達の勝手だと思っている。クモ女というのは、そういう連中の一味だ」
そんな身勝手な人達が本当にいるのか……。悪の組織みたいな感じなのかな?
「超能力者監視委員会は反超能力集団だ。委員会と名乗ってはいるが、特に誰かに選任された訳ではない。自分達で勝手に言っているだけだ」
「反超能力って何なんですか?」
「言葉の通りだ。超能力のアンチ。超能力者を危険視している。故に超能力自体は持っていない、普通の人間の集団だ」
「普通の人なら、何が問題なんですか?」
「奴等は私的制裁を実行する。現代の魔女狩りだ。普通と言ったのは、取り消そう。少なくとも頭の中身は普通じゃない」
「そんなのが本当にいるんですか?」
「残念ながら。超能力解放運動と超能力者監視委員会は、お互いを敵視している。私達とも友好な関係とは言い難いから、三つ巴の関係だな」
解放運動とかいう危険な集団がいて、それと敵対している監視委員会とかいう危険な集団がいる。とんでもないな。俄かには信じられないけど、上澤さんが嘘なんか吐く理由は無い。
でも、一つ気になる事がある。
「あの、上澤さん。解放運動とか監視委員会とか危ない人達がいるなら、クモ女の保護にC機関も協力してくれないんですか?」
「ああ。C機関は役に立つと思った能力者以外には冷たいから。余程の緊急事態でもなければ動かないよ」
「クモ女は役に立たないって思われてるって事ですか?」
「そうだよ。だから、私達が保護する必要があるんだ。ちょうど警察と刑事みたいな関係かな」
世の中は厳しい。他人事なのに、僕はショックを受けていた。
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