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 午後一時、自分の部屋で待機していると携帯電話が鳴る。誰かなと思って画面を確認すると、未登録の人からだった。この番号を知ってるって事は外部の人ではないだろうけど誰だろう?

 僕は緊張しながら出てみる。


「はい。どなたですか?」

「房来だ。向日くん、少し話がある。屋上に来てくれないか?」


 屋上に来いって、不良の呼び出しみたいだなぁ……。実際に呼び出された事は無いけど。学校、屋上――あっ!

 ――いけない、いけない。また彼の事を思い出すところだった。急激に跳ね上がった動悸を静めるために、僕は何度も深呼吸をする。

 どうして今まで意識しなかったんだろう? 見上げるシチュエーションばかり想定していたからか?

 でも、一度意識したら忘れられない。きっと僕はこれから屋上と聞く度に、彼の事を思い出す様になるだろう。


「……向日くん?」


 しまった。ぼーっとしていた。

 僕は慌てて返事をする。


「ああ、はい、大丈夫です。屋上に行けば良いんですね?」

「それじゃ、待っているよ」


 通話が終わった後、僕は速やかに房来さんの電話番号を登録。『フサギ』……っと、これで良し。でも、また苦しい訓練をしないといけないのかと思うと、ちょっと――いや、かなり気が重い。話だけで終わるなら楽だけどなぁ……と思いながら、僕は屋上に向かった。



 屋上に出ると、房来さんが金網のフェンスの前に立って、遠くを見ていた。今日は晴れていて風が少し強い。後ろからは話しかけ難かったけど、黙っている訳にもいかないので、僕は房来さんに近付く。


「房来さん!」

「おっ、来たか」


 房来さんは僕に振り向くと、金網に背中を預けた。


「話とは君のこれからの訓練についてだ。日富と話し合った結果、もう訓練をする必要は無いんじゃないかという事になった」

「えっ? どうしてですか?」


 苦しい訓練をしないで済むのはありがたいけど、フォビアを使いこなせないままだと困る。

 僕の問いかけに、房来さんは真剣に答えた。


「どうもこうも、そのままの意味だが」

「分かりませんよ……」

「訓練の必要が無い。訓練しなくても、君は能力を十分に発揮できるという事だ」

「そんな事はないですよ!」


 僕は強い口調で言い返した。自分の能力を制御できている自覚なんか無い。まだ僕はフォビアを使うには準備が必要で、とてもクラスCの人みたいに自由自在にとはいかない。そもそもクラスCを目指さなくて良いのか?

 疑問に思う僕に、房来さんは言う。


「君のフォビアは有害じゃないから、制御する必要もないんだ」


 本当か? そんな虫のい話があるのか?


「復元だって同じだぞ。あいつも自分の能力を制御できている訳じゃない」


 本当に僕と復元さんが同じ扱いで良いのか? 復元さんのフォビアは僕よりも遥かに有用なのに。

 まだ信じられない僕に、房来さんは困った笑みを浮かべる。


「君の不安は分かる。そこで提案なんだが、今度試しにフォビアの保護に同行してみないか?」

「保護に……ですか?」

「心配するな。今すぐって訳じゃない。いつになるか正確な事は言えないが、できるだけ安全そうなフォビアを選んでおく」


 正直なところ、僕は乗り気じゃなかった。今すぐじゃなくても、ちゃんと制御できてないのに役に立てるのかという不安がある。もう訓練しないなら、その時に技術が上達している見込みもない。

 ……でも、何事もやってみないと始まらない。嫌だ嫌だと言っていたら、何もできないままだ。その方がもっと嫌だ。

 僕は覚悟を決めた。


「やってみます」


 僕の顔を見て、房来さんは大きく頷いた。


「私もいつも同行できる訳じゃないが、君の安全を最優先に考える」

「はい」

「まあ……新しいフォビアなんて、そう簡単には見付からないから、気長に待っていてくれ。話ってのは、それだけだ」

「はい」


 僕は返事をした後、小さく息を吐く。いつ見付かるか分からないって事は、何日、何ヶ月、何年後かも知れないし、明日になるかも知れない。予定は未定って落ち着かないなぁ……。

 でも、分からない事を問い詰めてもしょうがないし、話が終わったなら帰ろう――と思ったけど、帰って良いんだろうか?

 房来さんは金網にもたれて、手持ち無沙汰にしている。


「房来さんは帰らないんですか?」

「ああ、他にも用があるんでね。向日くんは帰って良いよ。寧ろ、帰ってくれ」


 後から誰か来るのかな?

 帰れと言われたから、僕は素直に帰る。


「それでは失礼します」

「またな」


 僕が頭を下げると、房来さんはひらひらと手を振った。

 フォビアの保護って、どんな風にするんだろう? 安全そうなフォビアにするって言ってくれたから、穂乃実ちゃんみたいな事にはならないだろうけど。でも、本当に危険なフォビアが相手の時こそ、僕のフォビアが必要になるんじゃないだろうか?

 早く人の助けになりたい。危険なフォビアに困っているのは、他の誰でもなくて、そのフォビアを持っている当人なんだ。

 僕は強く思った。

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