3
目覚めた場所は、病室のベッドの上。ここは……多分メディカルセクションだな。見覚えがある。火事の後に運び込まれたのも、ここだった気がする。
周囲には誰もいない。鼻に何か引っかかっていると思ったら、これは……酸素を吸入するチューブか? 右腕を見れば点滴の針が刺さっている。危険な状態だったんだろうか?
それにしても……お腹が空いた。今、何時だろう?
僕は怠い体を起こして、室内の壁掛け時計に目をやる。午後――三時!? 五時間も眠っていたのか!?
とにかく人を呼ぼうと、僕はベッドから下りて立ち上がる。だけど、移動しようとすると酸素チューブと点滴が引っかかってしまう。これじゃ縄に繋がれた犬だ。
しかたなく僕はベッドに腰を下ろして、ナースコールを押す。
五分後に看護服を着た知らない男の人がやって来た。メディカルセクションの人は受付の二人しか紹介されていないんだ。胸の名札には「唐垣」と書かれている。
「おお、向日くん、目が覚めたんだね? 具合はどう?」
「もう大丈夫です」
「それは良かった。酸素も点滴も、もういらないかな?」
「ええ、大丈夫です」
「分かった」
看護師の人はすぐに酸素チューブと点滴を外してくれる。
はぁ、助かった。これで自由になれる。
「ありがとうございます」
「いやいや。お大事に」
僕は看護師さんにお礼を言って、病室から出る。
お腹が空いているから、まずはご飯だ――と思っていると、廊下でばったり房来さんと出くわした。
「そう嫌な顔をしないでくれ。悪かったと思っている」
房来さんは申し訳なさそうな顔で言った。僕の内心が表情に出てしまっていたんだろうか? 僕は何て言ったら良いか分からない。訓練だったんだから、許すっていうのも変だし……。
僕が黙っていると、房来さんは苦笑いして言い訳する。
「いや、本当。副所長にも日富にもメタメタに怒られてしまってな……。有望な若者を潰す気かと。そんなつもりはなかったんだ」
「いや、もう良いですよ。過ぎた事ですし」
「そう言ってもらえると助かる。今日の訓練は、もう終わりにしよう。後はゆっくり休んでくれ。あ、最後にこれを受け取ってくれないか?」
房来さんは僕に一枚の小さな紙をこっそりと差し出した。何かと思って受け取って見ると、食堂の食券だ。
「昼ご飯を食べてないから、お腹が減ってるだろうと思って。腹の足しにしてくれ」
「どうも……ありがとうございます」
「それじゃ、また」
房来さんが去った後、僕は改めて食券を見詰める。
「……『素うどん』か……」
ちょっとがっかりしたけど、豪華な物を奢られても困るし、このぐらいがちょうど良いのかも知れない。夕食の時間も近いから、満腹になるのも嫌だし。でも現金で五百円玉でも渡してくれた方が良かったなぁ。
そんな事を考えながら、メディカルセクションの受付の山邑さんに退出を告げて、僕はエレベーターに乗って食堂に向かう。
他に人がいない食堂で、僕は一人寂しく素うどんをすする。シンプルながら味わい深い。昆布と魚のダシが効いている。七味唐辛子をちょっと振れば、好い塩梅の刺激になる。空腹は最高のソースだって言う通り、今は特別においしく感じられる。一人で存分に一つの食べ物を味わえる時間は、もしかしたら貴重なのかも知れない。
ゆっくり約十分の時間をかけて、僕は素うどんを食べ終える。少し物足りないくらいだけど、それが心地好い。
最後にお茶を飲んで一服している間、僕は思い立った。そうだ、穂乃実ちゃんの件はどうなったんだろう?
食器を片付けた僕は、三階の事務所に向かった。
事務所の受付の城坂さんに、僕は自分から話しかける。
「こんにちは、城坂さん」
「篤黒くん……じゃなくて、今は向日くんでしたね。どうしたんですか?」
「えー、先週の平家穂乃実さんとの面会の件なんですけど」
「ああ、はい。まだ返事は来ていませんよ」
「何か悪い事でもあったんでしょうか?」
僕は心配になって問いかけた。一週間あれば、面会の予定ぐらいは立てられると思っていた。
「あの子は危険なフォビアの持ち主ですから、調整が大変なんだと思います。小さい子ですから、安易に薬漬けにする訳にもいきませんし」
「そうですか……」
「安全が確認されるまで、長ければ
僕は無効化のフォビアを持っているけれど、まだ十分に使いこなせる訳じゃない。誰かの助けになろうと思ったら、もっと訓練しないといけない。他人の能力が暴走しても、すぐに無効化できる様に。房来さんの事が苦手だの何だのと言っている場合じゃない。
僕は固く決意した。
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