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 寝起きの僕は憂鬱な気分だった。まさか午後二時前まで、ぐっすり眠ってしまうなんて……。フォビアを使って疲れていたんだろうか? どんなフォビアでも風や炎を起こす超能力と同等と考えれば、このぐらいは疲れるのかも知れないけれど。


 僕は寝起きの重い体を押して、昼食を取りにエレベーターで一階に移動する。

 昼食の時間の食堂は、正午から午後一時までが最も混雑している。今の時間帯は人が少ない。そこで見かけたのは、皆井さんと由上さんだった。僕はフォビアについて相談をしようと思って、定食を持って二人に声をかけに近付く。


「お隣、良いですか?」


 皆井さんが僕の方を見ずに応える。


「他にも空いてる席はあるけど……」

「お話があるんです」

「ああ、そういう事。良いよ」

「失礼します」


 僕は由上さんの横に座って、できるだけ二人の方を見ない様にしながら、フォビアの話を始める。


「今日、フォビアの訓練を始めたんですけど……」

「ここでは『F』と言うんだ」


 由上さんにやんわり突然指摘されて、僕は混乱する。そして一階ではフォビアの話は避ける様に言われていた事を思い出して、慌てて頷いた。

 いけない、いけない。また忘れていた。食堂も同じ建物の中にあるし、ここにいる人は研究所の関係者だけだから、外部の施設って意識が無くなってしまう。


「Fの訓練……を始めたんですけど……」

「そう、それで良い。訓練で何かあったんですか?」

「どうって、その……上手く行きませんでした」

「ははは、誰でも最初はそうだから。気にしない方が良いよ」


 皆井さんが明るく言ったけど、僕の気持ちは軽くならない。


「ただ上手く行かないんじゃないんですよ。僕のFが強過ぎるからって、一人だけ訓練から外されてしまったんです」

「強過ぎる?」


 由上さんの問いかけに、僕は大きく頷いた。


「はい。他の人達の邪魔になってしまうって」

「そこまで?」

「そうらしいです。僕は自覚が無いんですけど」


 皆井さんと由上さんは小さく唸る。


「あれだな、由上。ここに来たばっかりの時の雨田くんと同じだな」

「ああ」

「雨田さんも、そうだったんですか?」


 僕が尋ねると、皆井さんが答えた。


「雨田くんは落雷だから、他の人達と一緒に訓練なんかできなかったんだ。誰に落ちるか分からない」

「訓練はどうしてたんですか?」

「個別にマンツーマンの指導を受けてたよ」

「誰に?」

「あの時は増伏さんだったかな? あの人には分身の術があるから」

「僕の場合はどうなるんでしょう?」

「向日くんは……誰になるんだろうな? 適当なクラスCの人だと思うけど、そもそもクラスCが少ないからな」


 マンツーマンで指導してもらえると聞いて、僕は少し安心した。

 増伏さんは今あの三人の指導をしてるから違うとして、僕の場合は誰が指導してくれるんだろう? それが気になる。


 昼食を終えた僕は、皆井さんと由上さんの二人と別れて、自分の部屋に戻る。何をするでもなくテレビの時代劇を見ながら呆然と過ごしていると、テーブルの上に置いていた携帯電話が鳴った。

 僕はテレビを切ってから電話に出る。相手は上澤さんだ。


「向日くん、鑑から話は聞いた。君には個別にマンツーマンで指導できる人物が必要な様だな」

「はい」

「明日までにこちらで手配しておくから。まあ心配しないで、今日はゆっくり休んでくれ」

「はい」

「以上、終わり。何か質問は?」

「……誰が指導してくれる予定なんですか?」

「それは当日のお楽しみという事で。では、失礼」


 あ、切られた。誰が来るんだろう? そもそも誰がクラスCなんだろう? いや、必ずしもクラスCである必要はないのか?

 僕は携帯電話を置くと、仰向けに寝転ぶ。明日から……明日からこそ、本格的にフォビアの訓練が始められる……と信じよう。今は心を安らかにして、明日に備える事だけを考えよう。僕は焦った気持ちを落ち着ける。

 焦るな、焦るな。たった一日、まだまだ先は長いんだ。忙しくなったら、きっと今日みたいな時を羨む事になるだろうから。

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