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 午後四時を回って、本日五人目の来客がある。インターフォンの画面に映っているのは、フードを目深に被った怪しい人……皆井さんだ。

 僕は皆井さんに対しても、他の人達と同じ様に、まずリビングに通して、お茶を用意して、対面に座って、話を待つ。

 でも、皆井さんはなかなか話を始めようとしない。緊張しているのかなと思っていると、皆井さんは小さな声で言った。


「そんなに見詰めないでくれ。それと正面じゃなくて、横に座ってくれ」

「あっ、分かりました」


 僕はクッションを持って、いそいそと移動する。皆井さんと視線がぶつからない様に90度、テーブルの側面へ。


「これで良いでしょうか?」

「面倒をかけたな」

「いえいえ」

「話を始めよう」

「お願いします」


 僕は皆井さんをできるだけ見ない様に、何も無いテーブルの上を見詰めて応える。 

 皆井さんは時間をかけてお茶を少し飲んでから話し始めた。


「俺のフォビアは視線恐怖症だ。いつも誰かに見られてる気がする。人を見るのも、人に見られるのも嫌だ。鏡で自分の姿を見るのも」


 そこで長い沈黙が訪れる。

 …………あれ? 終わり?


「あの、お話は……?」

「他に言う事が?」

「その、フォビアになった原因とか……」

「どうしても言わないといけないか?」

「いえ、無理にとは……」

「だったら」


 恥ずかしい話なのかな? 無理して聞き出そうとは思わないけど、これで終わって良いんだろうか?

 ここは僕から何か言わないと。そう思って、僕は勇気を出して問いかけた。


「皆井さんはご自分のフォビアをどう思ってるんですか?」

「どうって……」

「役に立つとか、使いこなしたいとか」

「こんなの何の役にも立たないだろ」


 皆井さんは鼻で笑う。

 ……僕もそう思う。誰かに見られている感覚を他人に与える事で、何ができるんだろう? 監視とか見張りに使えるかな? でも、それも本人が近くにいないといけないから、普通に見張るのとそんなに変わらないよな……。


「フォビアになりたくてなる奴なんかいない。なっちまったから、しょうがなく付き合ってるんだ」

「フォビアを失くしたいんですか?」

「……フォビアを失っても、視線恐怖症が残ったままじゃ意味が無い。克服しようと努力はしているんだがな」


 ああ、超能力の衰えでフォビアを失ったら、恐怖症だけが残るのか……。当然と言えば、当然だ。


「恐怖症を克服すれば、自然にフォビアも消えるだろう。自分に合わないフォビアを使いこなそうとするよりは、そっちの方が楽ではある……が、これはこれでなかなか辛い道だ。君が自分のフォビアをどう考えているかは知らないが、何となくで過ごしていると後悔するぞ」


 僕はようやく理解した。

 それがC機関とF機関の決定的な違いなんだ。F機関はフォビアをどうするか、本人に選択させる。C機関はフォビアを利用価値のある物として扱う。

 自分のフォビアの可能性を信じている人にとっては、C機関の方が良いんだろう。だけど、そうじゃない人も多い。肯定的に見る事ができなくて、忌み嫌っている人もいる。だから受け皿としてF機関が必要になる。

 日富さんがカウンセラーをしているのも、フォビア達の恐怖症を治すため……なのかも知れない。


「まだ聞きたい事があるのか?」

「……いえ、ありがとうございました」

「余り話せる事が無くて、済まんな」


 悪いとは思っているのか……。正直、皆井さんが謝ったのは意外だった。根は良い人なんだろう。


 皆井さんが帰って、時刻は午後五時が迫っている。時間的に、もう次の人は来ないだろう。僕はお茶とお茶菓子を片付け始めた。

 そのまま五時を過ぎて、この日は他に誰も来ない事が確定する。

 五人だけではあるけれど、今日はフォビアの人達の話を聞けて良かった。人によってフォビアに対する思いは違う。それが分かっただけでも、大きな収穫だった。

 明日もこの部屋にフォビアの人達が来るんだろう。

 僕は――は無効化の能力を、フォビアで苦しむ人達を助けるために使いたい。フォビアを使いこなす過程で、僕自身も僕のフォビアと向き合わないといけなくなるだろう。向日衛ではなく、篤黒勇悟として。いつかはここのフォビアの人達みたいに、他人に自分の過去を打ち明けられる様になる……のか?

 まだ僕には自信が無い。

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