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「それで、彼のフォビアは何なんですか?」
五階に住んでいるフォビアの人達の紹介が一通り終わった後、高所恐怖症の高台さんが上澤さんに尋ねた。
上澤さんは胸を張り、笑みを浮かべて答える。
「超能力の無効化だよ」
その言葉に全員が反応した。場の空気が変わったのが分かる。言葉で表現するのは難しいけれど、急に張り詰めたというか、僕に向かって圧力が働いた。気のせいじゃない。心と体に働きかける強いプレッシャーだ。しかも意識が読み取れない。敵意とも威圧とも違う。
多分、フォビアとは別の超能力者の力なんだと思う。一人一人では感じ取れないぐらいの小さな力でも、集団になるとはっきり分かる大きな力になるんだ。
でも、これはどういう事だろう? 僕が超能力を無効化できると、この人達に何の利益や不利益があるんだ? 僕はただ困惑する。
高台さんは続けて上澤さんに尋ねた。
「無効化って、どこまで?」
「それは分からない。彼も能力を完全に制御できる訳じゃないんだ」
上澤さんが答えた瞬間、少し緊張が緩んだ。
……本当に何なんだ?
「無効だからムコウ?」
灰鶴さんが発した一言に、上澤さんはあっさり頷く。
「そうだよ。さて、今日皆に集まってもらったのは、諸君のフォビアの体験を彼に話してもらうためだ」
続いての発言に、またプレッシャーが強くなる。これは明確な拒否の感情だ。一人一人の顔にも表れている。露骨に嫌な顔をする人もいれば、無言で険しい顔をする人もいる。
超能力者が集まると、自然にこんな風になるんだなと僕は変に感心していた。
しかし、フォビアの人にとって自分のフォビアの体験を語る事は、やっぱり抵抗があるらしい。しょうがない。僕だって嫌だと思う。そもそも、どうして上澤さんはそんな事を言い出したんだろう?
高台さんが他の人達を代表して抗議する。
「そういう事は先に言ってもらわないと困ります。それに話すにしても、こんな皆がいる前で言える訳がないでしょう」
「分かった。後で個別に話してもらう事にしよう。では、解散」
正論を言われた上澤さんは、有無を言わせず、即座に代替案を押し付ける。その様子からして、抗議を受けるのは想定済みだったんだろうな。譲歩したと見せかけて、相手に断らせない交渉術……交渉術って言って良いのかな?
五人は唖然としていて反論しないのか、それともできないのか、分からない。
「向日くん、行くぞ。次は六階だ」
「はい。皆さん、失礼しました」
これで良いんだろうかと思いながら、僕は五階の五人に一礼して、上澤さんの後を追う。
六階のロビーにも、また五人の男女が集まっていた。五階の時とは違って、五人は全員スーツを着ている。上澤さんと僕がロビーに入ると、五人は不揃いなタイミングで
「諸君、集まっているな? 分かっているとは思うが、今日は新人を紹介する。向日衛くんだ」
「宜しくお願いします」
今日二度目の挨拶だから多少は緊張しなくなっている。でも、五人の中に知っている顔は無い。
五階の時と同じ様に、上澤さんは六階のフォビアの人達を一人一人僕に紹介する。
「まず、
「船酔です。宜しく」
「次、
「刻だ。宜しく」
「次、ステサリー・フラン。三十一歳、腐敗恐怖症」
「こんな名前だけど日本人です、はい。コードネームなんで。ヨロシク」
「次、
「あの、私だけ何か違うみたいじゃないですか!?」
「最後に
「……宜しくね」
あれ? 初堂さんだけフォビアを言われなかったな……。説明の難しい能力なんだろうか?
一通りの紹介が終わった後、上澤さんは六階の皆に言う。
「向日くんのフォビアは超能力の無効化だ」
五階の時と同じで、ここでも全員が反応する。誰も表面には出さないけど、意識している。無効化って、そんなに希少な能力なのかな? でも、それだけで全員が反応するんだろうか?
上澤さんは続けた。
「彼のために、諸君のフォビアの体験を語ってもらいたい」
「この場で?」
最初に意見を言ったのは、船酔さん。やっぱり大勢の前で自分のフォビアの体験を語るのは、抵抗があるんだろう。
「ん? この場で言いたいのか?」
上澤さんは意地悪な聞き方をする。当然、船酔さんは首を横に振った。
「いやいや、そんな訳ないでしょう」
「そうだろうな。後日、別個に話してもらうよ。今日のところは、顔合わせだけだ。もう解散して良いぞ。さて、向日くん。次は七階に行こう」
「はい。……失礼しました」
さっさとロビーを後にする上澤さん。皆、呆気に取られた様な顔だ。僕は六階の人達に一礼して、上澤さんの後を追う。
……大きなお世話かも知れないけれど、この人はこんな態度で皆の反感を買わないのかな? それとも性格を知られているから、誰も何も言わないんだろうか?
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