フォビアの仲間達

1

 午前八時半、僕が自分の部屋でのんびりしていると、携帯電話が鳴る。相手は……上澤さんだ。


「もしもし、私だ。九時に三階まで降りて来てくれ。今日はフォビアの仲間達を紹介したい」

「はい、分かりました」

「遅れないでくれよ」


 フォビアの仲間って、どんな人がいるんだろう? 復元さんに、耳鳴さんに、沙島さん……後は地下にいる穂乃実ちゃんしか知らない。日富さんはフォビアじゃなくて普通の超能力者だったしな。

 どんな人に会えるんだろう? 期待と不安が入り混じる。

 僕はすぐに三階に降りて、ロビーの椅子に腰かけて上澤さんを待った。時刻は八時四十分。少し気が早かった。

 それから十五分後の八時五十五分、上澤さんがロビーに姿を現す。僕は立ち上がって一礼した。


「おはようございます、上澤さん」

「早いよ、篤黒くん。『九時に』と言ったのに」


 上澤さんは眉を顰めて苦笑いする。

 遅れるなって言われたから、早めに来たんだけど、それもまずかったんだろうか? 僕が心の中で困惑していると、上澤さんは声を抑えて笑い、話題を変える。


「あ、そうだ。今の内にコードネームを決めておかないか?」

「コードネーム……ですか?」

「君のフォビアも大体どんな性質か分かった事だし、本名とは別に仕事用の名前を持っておくのも悪くないと思う」


 そう言われても、すぐには思い付かない。確か、都辻さんは付けなくても良いって言ってたけど。


「それってどうしても必要なんですか?」

「あった方が良い。フォビアを含めた超能力者は、公には認められていない存在だ」


 表向きは存在しない事になっている超能力者だから、素性が分かると困るのかな?

 でも、僕は自分のネーミングセンスに自信が無い。自分ではカッコイイ名前だと思っていても、他の人もそう思ってくれるかは分からない。そもそも本名じゃない名前なんか名乗った事が無い。ゲームなんかもデフォルトの名前で遊ぶ方だ。


「例えば……君の場合は無効化だから、『向日むこう』とかな」

「無効?」

向日むこうまもるなんてどうだ? いかにもそれっぽく聞こえるだろう」

「無効、守る……」


 悪くないと思った。何よりも「守る」という名前が良い。これから僕は誰かを守れる人になりたい。名前負けしそうで怖いけど、そんな事を言っていたら始まらない。


「じゃあ、それでお願いします」

「ん? 良いのかな? そんなに簡単に決めてしまって」

「良いですよ。他に思い付かないですし」

「分かったよ、向日くん。では、付いて来てくれ。そろそろ我等がF機関のフォビア達を紹介しよう」

「……はい」


 今から僕は向日だ。篤黒勇悟じゃなくて、向日衛。違う名前を意識すると、違う人間になれる気がする。心のどこかで僕はそれを望んでいたのかも知れない。

 篤黒勇悟は罪に塗れていて、一生を後悔しながら生きる。その苦しみと悲しみから逃れる事はできない。向日衛を名乗る事で、僕は篤黒勇悟から自由になれる。後ろ向きな人生の中で、せめて向日衛でいる間は前を向こう。そう思った。

 上澤さんにそこまでの意識があったかは分からないけれど、僕にとっては大きな意味を持つ名前……。



 上澤さんは僕を連れて、エレベーターで五階に移動する。五階のロビーには、五人の男女が集まっていた。全員私服なのか、服装はバラバラだ。多分、この人達が五階にいるフォビア。

 上澤さんは五人に話しかける。


「全員揃っているな? 諸君、今日は新人を紹介する。向日衛くんだ」

「宜しくお願いします」


 僕は緊張した心持ちで五人に向けて一礼した。何人かは軽くお辞儀をして僕に礼を返してくれる。

 その後に上澤さんは個別に五人の紹介を始めた。


「まず……倉石くらいしつよし。二十二歳、暗所恐怖症」

「……はい」

「何か一言」

「えっ……その、宜しく、向日くん」


 倉石さんは痩身で大人しそうな男の人だ。上澤さんの急な振りに、少し目が泳いでいる。人前が苦手なのかな?


「そして、灰鶴はいづる悲廉ひれん。二十五歳、虫恐怖症」

「どうも。宜しく」


 灰鶴さんは不自然に厚着をしている長身の女の人。この人はツンとしていて、どこか素っ気ない。愛嬌を振り撒くのが嫌いなタイプなのかも。でも、大人の人が虫が怖いって変な感じだ。それを言ったら、暗所恐怖症も同じか……。


「次、高台たかだいたかし。三十歳、高所恐怖症」

「初めまして。副所長の言う通り、高所恐怖症だけど、下を見なけりゃ大丈夫。でも屋上だけは勘弁な」


 高台さんは大柄な男の人で、明るい性格みたいだ。前の二人とは違って、笑顔で挨拶してくれる。ついでに握手も求められたので、僕は素直に応じた。がっしりとした力強い手だ。

 見た目は頼れる大人って感じなのに、高所恐怖症。恐怖症を抱えたまま大人になるって、どういう気持ちなんだろう? 普通の人は何ともない様な事が怖いって、恥ずかしいとか情けないって思うんだろうか? フォビア……恐怖症を抱えたまま生きるという事……。


「それから、雨田あめだ電導でんどう。二十歳、雷恐怖症」


 雨田さんは無言で僕を一度見て、すぐに視線を逸らした。何も言わなかったから、ちょっと感じが悪い。馴れ合いが嫌いだとか、そういう人なんだろうか?


「最後に、皆井みないくれ。二十七歳、視線恐怖症」


 皆井さんはパーカーのフードを深く被って、顔を隠している。一度も僕の方を見ようとしないし、何も言わない。視線恐怖症だから、人を見るのも人に見られるのも嫌なんだろう。

 この人達と仲良くできるのかなと不安になる。無理に仲良くなる必要は無いんだろうけど。

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