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それから数分後に、僕の能力の計測は終わった。柾木さんが終了を告げて、僕を拘束していたバンドを外す。
僕は何もしていないはずなのに、酷く消耗していた。まるで長距離走を終えた後みたいだ。
結果から言うと……僕の超能力者としての基礎的な能力は、そこまで強力という訳でもなく、普通の人よりは強いけど、超能力者の中では平均ぐらいの強さらしい。
そう言われても、よく分からないんだけど。
能力の計測を終えた僕は、上澤さんに連れられて、第一実験室を出た。頭がクラクラして、足取りも重い。上澤さんが何か言っても、全然頭に入って来なくて、適当な相槌を打った。
「そろそろお昼だけど、君はどうする?」
「一度ゆっくり眠りたいです。何だか疲れました」
「分かった、部屋まで送って行こう」
まともに憶えているのは、このやり取りだけ。興奮剤の副作用なのか、フォビアが影響しているのか、とにかく疲れていた。
気付けば、僕は自分の部屋のベッドで寝かされていた。それとも自力でここまで歩いて来て、眠ったんだろうか?
時刻は午後の五時。どうやら今までぐっすり眠っていた様だ。
起きた時には疲れは取れていて、気分もすっきりしていたけれど、眠るまでの記憶は曖昧だ。
実験室を出て、エレベーターに乗って、自分の部屋に……入ったのか? エレベーターに乗ったところまでは確実だけど、降りた覚えが無い。上澤さんとも、どこで別れたんだっけ?
しばらく悩んだ末に思い出す事を諦めた僕は、早めに夕食を取ろうと決めた。お昼を抜かしてしまったから、とてもお腹が空いている。まだ夕方の六時にはなってないから、食堂での食事は有料だけど、空腹には勝てない。
僕は自分の部屋を出て、一階の食堂に移動する。頭の働きが鈍くて、足もフラフラする。寝起きだからなのか、空腹だからなのか、その両方だからなのか?
何でも良いから、お腹に入れれば解決するだろうと、僕は食堂で食券を購入する。すぐに食べられる物が良いなと思って、買ったのは玉子丼。
窓口に食券を差し出すと、食堂のおばさんに「夕食にはちょっと早いよ」と言われてしまった。もう数十分待てば、無料でご飯が食べられるのは分かってる。食堂のおばさんは助言のつもりだったんだろうけど、僕は待てない。それだけの事だ。
僕が「お昼を食べられなかったんで」と答えると、「ちゃんと食べないとダメよ」と注意されてしまった。詳しく事情を説明しても良いんだけど、そうしたところで何か変わる訳でもない。今は空きっ腹を満たす方が先だ。僕は「済みません」と愛想笑いして、どんぶりを受け取る。
出汁の良い匂いが食欲をそそる。僕は近くの席に着いて箸を取ると、食欲のままにどんぶりの中身を口にかき込んだ。出汁のたっぷり染み込んだフワフワの卵と白いお米を、味わいもそこそこに噛んで飲み込む。食べた物が喉から食道を下って胃袋に落ちて行くのが分かる。
うまい。とにかく、その一言だ。ささやかな幸福感が心を満たす。一気に半分食べたところで、僕は一息吐く。
そこでふと幾草の事を思い出した。
彼は学校から帰って来たんだろうか? 夕方に会おうと言っていたけど忘れているのか、それとも急な予定が入ったのか、もしかしたら僕が寝ている間に訪ねて来たのかも知れない。
特に用がある訳じゃないけど、食事後に幾草の部屋を訪ねようと決めて、玉子丼を食べ終えた僕は、食堂を後にした。
そうは言っても、僕は幾草の部屋を知らないから、誰かに聞く事になる。事務所に行けば教えてもらえるかなと思って、三階に寄ってみたけど、もう夕方なので誰もいなかった。照明も消えていて、真っ暗だ。どうやら全員定時で退社してしまった後みたいだ。
どうしても今日中に会わなきゃいけない訳じゃないから、困りはしないんだけど。他に聞ける人もいないし、今日のところは幾草に会うのは諦めよう。また明日の朝にでも会って話そうという軽い気持ちで、僕は自分の部屋に戻った。
そして翌朝――僕は昨日と同じ時間に食堂に行って朝食を取ったけれど、幾草と会う事はできなかった。今日も平日だから、彼は学校に行くはずなのに。
用事があって、早出したんだろうか? 昨日は遅刻すると言っていたから、いつもはもっと早いのかも知れない。やっぱり同年代で気軽に話せる人がいないと、孤独を感じてしまう。ここにいるのは大人ばかりだ。
朝食を終えた僕は、さっさと自分の部屋に戻った。
部屋に戻った僕は、昨日上澤さんに携帯電話を渡された事を思い出す。携帯電話は上着の服のポケットに入ったままだった。誰の電話番号が登録されているのか、早速確認してみる。
……「上澤」、「事務室」、「メディカル」、「吉谷」、「緊急」。吉谷って、売店の吉谷さんなのかな? それとも違う人? 気になるけど、たったそれだけの理由で電話するのも迷惑だろう。
幾草も同じ物を持たされているなら、今度会ったら電話番号を交換しよう。そうすれば、顔を合わせなくても話ができる。
それから僕はテレビのニュース番組を流し見して、九時まで時間を潰す。九時になったら事務所に行って、幾草の部屋はどこか聞こう。他にも僕と年齢の近い人がいないかも聞いておきたい。知り合いは多い方が良い。
僕は少しずつ積極的な社交性を取り戻そうとしていた。
午前九時、僕は事務所まで降りて、城坂さんに話しかける。
「おはようございます、城坂さん」
「おはようございます」
「えっと……幾草の部屋って分かりますか?」
「イクサ?」
「幾草千十兩です」
「ああ、幾草さん」
城坂さんはファイルを取り出してページを捲り、入寮者名簿を調べてくれた。千十兩って古風な名前だよなと改めて思う。伝統ある家系だったりするんだろうか?
「彼は……506号室です」
「ありがとうございます。それと……僕と同じくらいの年の人って、幾草の他に誰かいますか?」
僕の問いかけに、城坂さんは少し驚いた顔をした。こういう事を聞かれるとは思ってなかったみたいだ。
「その、年の近い人がいたら良いなと思って……」
「ああ、そういう事でしたら――」
城坂さんは改めて名簿を確認して言う。
「二十歳前後でも良いですか?」
「中学か高校の人は……」
「いない事はないんですが……。地下に行かないと会えませんよ。面会には許可が必要です」
「あっ、そうですか……」
ここにいるという事は、フォビアか超能力者だという事。それが制御できる様になるまでは、普通の生活を送れない。やっぱり完全に制御するには、長い時間が必要なんだろう。
「分かりました。それと、平家穂乃実さんに面会したいんですけど、いつならできますか?」
「平家穂乃実……地下にいる子ですか?」
「はい」
「では、向こうの予定を聞いておきます。面会可能な日時が分かれば、電話かメールでお伝えします」
「ありがとうございます」
「それと面会申請書を書いてください」
城坂さんは書類棚からB5サイズの紙を一枚取り出して、僕に差し出した。
「名前だけ書いて、住所は空欄で構いません。上の欄に会いたい人の名前、下の欄に自分の名前」
僕は言われた通りに、「平家穂乃実」、「篤黒勇悟」と書く。
「……これで良いですか?」
「はい、受理しました。他にご用は?」
「いえ、もう無いです。ありがとうございました」
「どういたしまして」
よし。これで穂乃実ちゃんとの約束は守れそうだ。城坂さんが親切な人で本当に助かった。
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