3

 エレベーターの中で、僕は一つ気になった事を都辻さんに尋ねる。


「都辻さんもフォビアなんですか?」


 都辻さんは驚いた顔をした後、笑って答えた。


「残念ですが、違いますよ。超能力を持たない普通の人間です」

「そうでしたか……」

「何かのフォビアの持ち主だと思った? そう見える?」

「いえ、そんなんじゃないですけど……すみません」


 フォビアだという事は、トラウマを持っているという事。普通の人間とは違うという事。都辻さんの言葉は機嫌を損ねた様には聞こえなかったけど、僕は申し訳なく思って謝った。

 気まずい数秒の間を置いて、エレベーターが四階に停まる。都辻さんはドアが開くと同時に明るい声で言う。


「四階でーす! 四階はメディカルセクションとなっておりまーす」


 僕と都辻さんは四階で降りる。


「四階がメディカルセクションで良いんですか?」

「良いって何が?」


 四と言えば、死を連想させる不吉な数字だ。他にも、九は苦に繋がると言われる。だから多くの建物では四階や四号室は避けられる。同様に九階や九号室がない建物もある。日本限定ではあるけれど。欧米の場合は十三になるのかな?


「四って不吉な数字じゃないですか」


 僕の一言に、都辻さんは吹き出した。


「あっは! そんなの信じてるんだ?」

「いえ、僕が信じてる訳じゃなくて、一般的な話です」

「はぁ、そんなの迷信ですよ、迷信。何十年前の話をしてるんですか?」

「……誰も気にしないなら良いんですけど」


 これじゃあ僕が迷信を信じてるみたいだ。僕だって語呂合わせのしょうもない迷信なんか全然これっぽっちも信じちゃいない。血液型占いや星座占いだって信じない。ああ、余計な事を言わなきゃ良かった。

 都辻さんは笑いを堪えながら、メディカルセクションの受付に向かう。そこで都辻さんは受付の二人の中年女性と話をした。


大波おおなみさん、山邑やまむらさん、こちらが例の新人の篤黒勇悟くんです」

「あら、こんな若い子が?」

「それでツツジちゃんが案内してるの?」

「ええ、そうです」


 都辻さんは僕に向き直って、二人を紹介する。


「このお二人はメディカルセクションの受付の大波さんと山邑さん。二人の内、どちらか一人は必ず日中のシフトに入ってるので、顔と名前を覚えといてください」

「宜しくね、勇悟くん」

「怪我とか病気とか、具合が悪くなったら、いつでも来てね」


 おばちゃん特有の気安さに、僕は戸惑う。


「あ、ありがとうございます」

「ホホホ、緊張しちゃって。可愛いわ」

「ごめんなさいね、おばちゃん達うるさくて」


 そう言えば、三階の受付もおばさんだったな。おばさんが多くないか? フォビアを相手にする仕事だから、若い人は入って来ないのかも。大変そうだし、何より危ないしな。


「さささ、ちゃっちゃと次に行きましょう。それでは大波さん、山邑さん、失礼しました」

「はいはい」

「頑張ってね」


 僕と都辻さんは二人のおばさんと別れて、またエレベーターに乗る。


「下へ参りまーす。次は三階、三階は事務所です。各種申請・届出・報告なんかは、全部ここでやります」


 三階に降りると、今度は事務所の受付へ。今朝会った受付の中年女性は、都辻さんを見て言う。


「あら、案内は終わった?」

「いいえ、まだです。上から順に案内してるので」

「そう」


 都辻さんは受付の女性を僕に紹介する。


「えー、はい、こちらが事務の受付を担当している、城坂じょうさかさんです。平日日中の受付は、基本的に城坂さんが担当しています」


 それを受けて、城坂さんは僕に一礼した。


「城坂さゆりです」


 僕も一礼を返す。メディカルセクションのおばさん達に比べて、かなり礼儀正しい印象を受ける。決してメディカルセクションの二人が礼儀知らずって訳じゃないし、悪いとも思わないけども、城坂さんはお堅い人なのかなと感じる。


「分からない事があったら、取り敢えず城坂さんに聞いておけば間違いないですよ」

「ここは来客も少ないですから、気軽に声をかけてください」


 城坂さんはおっとりした笑顔で言う。ああ、優しそうな人そうで良かった。


「ちょっと城坂さん、私が初めて仕事に来た時と態度が違うじゃないですか?」

「あなたは好い年をした大人だったでしょう。十五歳の少年と比べてどうしますか」


 都辻さんの抗議に対して、城坂さんは呆れた反応。

 察するに、普段は厳しい人なのかな? 僕はまだ高校に上がりたての年齢だから優しく接してもらえているんだろう。だけど、ここに就職したという事は、これから僕も一人の職員として見られるという事。きっと、いつまでも甘えてはいられない。

 都辻さんは不満そうな顔をしながらも、僕に向き直って言う。


「はぁ……次、行きましょう」


 僕と都辻さんはエレベーターに乗って二階へ。


「下へ参りまーす。次は二階、二階は防衛ブロックでーす」


 二階のフロアに出てみると、そこには誰もいない。そればかりか、がらんと広く何も無い場所だった。何をする所なのか、さっぱり分からない。

 僕は都辻さんに尋ねる。


「ここは?」

「えっ、防衛ブロックですけど」

「何をする場所なんですか?」

「外敵を撃退する場所として設置されました」

「外敵って……C機関みたいな?」

「C機関を知ってるんですか? でも、C機関は敵じゃないですよ。敵って言うのは……例えば、外国勢力とか反超能力者団体とか、その辺の事です」


 C機関とF機関はフォビアを巡って日夜戦いを繰り広げていると思っていたのに、どうやら違うみたいだ。


「敵じゃないんですか? 今朝、襲われたんですけど……」

「襲われた?」

「はい、『兎狩』って人に。ここ、穴が開いているでしょう? やられたんですよ」


 僕はスラックスの左膝に開いた穴を指して言った。針を通した様な小さな小さな穴だから注意して見ないと分からないけど、血の滲んだ跡で場所はすぐに特定できる。

 都辻さんは困り顔になる。


「本当だ。何か気に障る事をやっちゃったとか?」

「分かりません。僕は何も……」


 兎狩って人は「横取り」とか言ってたけど……僕はどこかでC機関と関係あったりするのか? 本当に何も分からない。

 短い沈黙を挟んで、都辻さんは改めて言う。


「防衛ブロックは緊急事態を想定して設けられたんですけど、使われた事は今まで一度も無いんです。ここに直接乗り込んで来る様な外国勢力や反超能力者団体も現れていません。当然、C機関の人が攻め込んで来た事もありません。職員はエレベーターで素通りしますから、普段は立ち入る事すらありません」

「えぇ……? それはそれでどうなんですか?」

「どうも戦後すぐのキナ臭い時代の名残らしいんですよ。それをずっと引き擦ってるって訳ですね。私は改装しちゃっても良いと思うんですけど、そういうのを決められる立場じゃない私が何を言ってもしょうがないので」


 上澤さんは戦中に軍がフォビアを利用する計画があったと言っていた。それと関係しているのかも知れない。

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