3
上澤さんの後に付いて面会室に入ると、一枚のガラスを隔てた向こうに、小さな女の子と数人の防護服を着た大人がいる。
女の子が着ているのは、青いレインコートの様な服。防火服なんだろうか? 大人の人が着ている防護服は全身を覆うタイプで、まるで危険な化学物質を取り扱う様な重装備。
部屋の中は異様な雰囲気だ。僕は上澤さんに手招きされて、女の子の正面の椅子に座った。それと同時に女の子も僕の対面に座る。ガラスを隔てて向き合う形。刑事ドラマなんかで見る、逮捕された人との面会みたいだ。
僕と女の子は黙ってお互いの顔を見詰めたまま。何と言って声をかけたら良いのか分からない。取り敢えず、僕は自己紹介を始めた。
「あー、僕は篤黒勇悟」
「ユーゴ、さん?」
「そう、勇悟。君の名前は?」
「……ホノミ」
「ホノミ?」
僕が確認のために繰り返すと、女の子は鈍い反応で頷く。目も虚ろで、焦点が定まっていない様だ。
「その、大丈夫?」
「……だいジョーブ。お薬、きいてるから。落ちついてる」
ヤバい薬でも使ってるのかと心配する僕に、上澤さんが横から小声で囁いた。
「安定薬だ。パニックを起こして、能力が暴走するといけないからな」
危険な能力だからって、こうまでしなければいけないのか?
重い宿命を背負って生きなければならない小さな女の子に、僕は何と言って良いか分からない。僕は女の子に会って、どうするつもりだったんだろうか? ただ生きている事を自分の目で確かめて、安心したかった。それ以外は何も考えていなかった。自分が安心したいだけの身勝手な行動。
僕は自分の軽薄さを恨む。結局、僕という人間はどこまで行っても、僕、僕、僕なんだ。他人の事なんか少しも考えていなくて、いつも自分の都合の好い方にばかり目を向けている。卑怯な人間が虚しく自分を慰めているだけ。心が空っぽになっていくのを感じる。
「……ユーゴさん、ありがとう」
鬱々としていた僕は、ホノミちゃんの声で正気に返った。でも、何故お礼を言われたのか、よく分からない。
「ありがとう?」
「わたしを助けてくれた」
「いや……君を助けたのは消防の人だよ、多分。僕は気絶してた」
「そうじゃない。ユーゴさんが火を、消してくれた」
彼女は僕を慰めようとしてくれているんだろうか? 勿論、僕には火を消した覚えなんか無い。否定しようとした僕に、再び上澤さんが囁く。
「事実だよ。感謝の心は素直に受け取っておくべきだ」
事実って何だろう? この人は何を知っているんだろう?
僕は何も分からないまま、ただ言われた事を受け止める。
「ありがとう、ホノミちゃん」
感謝の言葉を告げられて、感謝の言葉で返すのは、何だか変だ。堂々と「どういたしまして」と言えれば良いのに、それができない。だけど、ホノミちゃんは嬉しそうに微笑んでいる。それで良いのか? 僕も君も……。
腑に落ちない気持ちの僕に、上澤さんが声をかけて来る。
「さて、用は済んだかな?」
「……はい」
僕の用は終わったけど、彼女の方はどうなんだろう? そう思った僕はホノミちゃんを顧みる。ホノミちゃんの目は僕を真っすぐ捉えていた。さっきまでの虚ろな瞳は影もない。
「また会える?」
「……会えるよ」
彼女の縋る様な問いかけに、僕は真剣に答えた。そして心の中で「今のままじゃいられない」という気持ちを強めて確かにする。僕は自分の能力をしっかり理解して、改めて彼女と堂々と向き合える様にならないといけない。
僕と上澤さんは面会室を後にした。そこから三階まで戻る道すがら、上澤さんは僕に言う。
「あの子、
「……それが連続放火事件の真相ですか」
「悪意は無かったんだろうがな。逃走したのも、パニックになったからだろう。フォビアの恐ろしさとは、まさに制御できない事にある」
フォビア……トラウマに起因する超能力。沙島さんはF機関で一緒にフォビアを助ける仕事をしようと言ってくれた。僕には何ができるんだろう? 僕の能力は一体何なんだ?
僕は上澤さんに尋ねる。
「上澤さん、僕のフォビアの能力は何なんですか?」
「正確な事は私にも分からない。だが、目撃者の報告によると、君が平家穂乃実を助けようと、炎上中の公衆トイレに駆け込んだ後、急激に火の勢いが衰え、火災が収まったそうだよ」
「そう……なんですか?」
「消防が到着する頃には、既に火は消えていた。もし君がF機関の一員になってくれるなら、君のフォビアについても、詳しく調べてあげられるんだけど」
上澤さんの口振りに、僕は小さな恐怖心を抱いた。フォビアを調べるという事は、トラウマを調べるという事。余り僕の過去には触れて欲しくない。隠しておきたい、僕の醜い人間性。僕の罪。
でも……どんなに苦しくても、自分の過去と向き合えという事なのか……。過去を乗り越えなければ、未来は無いとは言うけれど。ああ、きっと僕も逃げてばかりはいられないんだ。篤黒勇悟、今こそ勇気を出して覚悟を決める時だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます