明るい方に向かって
1
翌日、僕は久し振りに家族と一緒に朝ご飯を食べた。父さんも母さんも驚いた顔をしていたけれど、理由を深く尋ねて来たりはしなかった。ただ、この変化を良い兆しだと思っている事は何となく伝わって来た。
僕は立ち直れるかも知れない。彼の事を忘れた訳じゃないけれど。
この日は色んな事を考えた。本当に僕は立ち直っていいのか……いや、そもそも立ち直れるのか? 僕が何の役に立てるのか?
考えても考えても明確な答えなんか出やしない。そんな事は最初から分かり切っていたはずなのに、無意味な事に時間を費やして、僕はどうしようもない人間だ。自己嫌悪に陥って、また立ち直ろうとして、僕は自分の頭の中でぐるぐる迷う。
気分が悪くなって来るけど、同時に懐かしい感覚もある。高校の入学前にも似た様な事を考えて、必死にあがいていた。真人間になりたいという願望と、幸せを望む事に対する罪悪感がぶつかって。願望……僕の願望……。
あの時……僕が気絶した後、何があったんだろうか? そもそも昨日の事は本当にあった事なのか? 精神的に追い詰められて、いよいよ頭がおかしくなって、変な夢でも見たんじゃないのか?
……だけど、僕はメモを持っている。これは確かに沙島さんに渡された物だ。
このままじゃいけない。このままではいたくない。だったら動かないと。
夕方になって、僕はようやく決意した。
更に翌日の月曜日……いつもの時間になっても、裕花が僕を学校に誘いに来る事は無かった。裕花だって毎日僕の家に来ていた訳じゃないから、偶々なのかも知れないけれど、今日彼女が来なかったのは一昨日の事が関係しているんじゃないかと、僕は考えていた。
きっと今日は裕花は来ない。僕は見切りを付けて、昨日決めた通りに外出の準備を始めた。
「母さん、少し出かけるよ」
「あら! どこに行くの?」
「ちょっと出るだけだから。遠くには行かない」
別に隠す必要は無かったけど、行き先を正直に話す気にはなれなかった。理由は自分でもよく分からない。多分だけど、心配をかけたくなかったんだと思う。
母さんは僕を止めなかったし、詳しい事を聞こうともしなかった。
午前九時。家を出た僕は、一昨日火事のあった公園に向かう。人気の無い道を歩いて公園に着くまでの間、僕は一昨日の事を思い返していた。
……どうも現実感が薄い。全部夢だったと言われても、まあ納得してしまいそう。そもそも本当に僕なんかに超能力があるのか?
疑い始めれば
公園の入口には立入禁止のプレートが貼られた、黄色と黒のストライプのロープが張ってあった。これってトラロープって言うんだっけ? でも、今この場所には僕以外は誰もいないから、平然とロープを跨いで進入した。
あれから公園の公衆トイレはどうなったのか……いや、トイレ自体はどうでもいいんだけども。僕が確かめたいのは、一昨日ここで何があったかだ。
果たして……公園の隅には、真っ黒になって焼け落ちたトイレがあった。木材だった部分は完全に焼失。屋根は崩落して用を成していない。壁のタイルはバラバラに剥がれ落ちている。まともに残っている物は、真っ黒に煤けたコンクリートの壁と床、それと便器ぐらい。
少なくとも夢じゃないと分かって、僕は少し安心した。同時にこんな所に突入してよく無事だったものだと、恐ろしくもなった。もう一度やれと言われても二度とできないだろう。あの時の僕は正気じゃなかった。
しかし、本当にどうやって助かったんだろうか? 勇敢な消防士が激しい炎の中に飛び込んで、僕と女の子を救出してくれた?
少し考えて、僕は気付く。
……あっ、女の子が本当に無事だったか、まだ確かめていない。一昨日の沙島さんとの会話で、何となく何かを成し遂げた気持ちでいたけど、浮かれていた。こんな所でボーッとしちゃいられない。本当の事を確かめないと。
僕は公園を出て、「久遠ビルディング」に向かった。
山を下りて市街地へと移動する途中、一人の男の人と擦れ違う。長身で黒いスーツを着た、サラリーマン風の成人男性だ。年齢は二十から三十前半といった感じ。その人は僕の横を一度通り過ぎてから僕を呼び止めた。
「おい、そこの君!」
「は、はい」
僕は反射的に足を止め、何を言われるんだろうかと緊張して返事をする。
「
「はい」
「もしかして火事の跡を見に来たのか?」
「え……はい」
男の人の声は真剣で、僕は気圧されて委縮した。この人は刑事か何かだろうかと予想して、疑われてはいけないと強く思う。もし連続放火事件を調査しているんだとしたら……超能力がどうとか言える訳がないから、何も知らないフリをして惚けるのが賢いのか?
少しの間、男の人は僕をジッと見詰めていたけれど、数秒して興味を失った様に溜息を吐いて言う。
「野次馬は程々にしておけよ」
「はい……」
意味の分からない説教をして、男の人は去って行く。
あの人は一体何だったんだろうか? よく分からないけれど、これ以上関わり合いにならない様に、僕は急ぎ足で立ち去った。
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