第5話 ベスパ大海戦

 鳩が豆鉄砲を食ったよう……というには、物騒が過ぎる光景であった。

 なんの前触れもなく三隻の空母が轟沈。面食らったシリウス艦隊の指揮系統は、予想以上に乱れている。統率が乱れ散り散りになった艦隊は、まるで蜘蛛の子のようだった。

「準備万端……!」

 先陣を切って突撃するのはザラの高速戦艦。手薄な中央部に潜り込み、随伴機兵を轢き潰していく。

 アカシア艦から通信が入る。

「海賊団が戦闘に突入しました!」

「よし、じゃあ合流して二隻で突っ込む!」

 砲座でミランダが叫ぶ。

「敵が落ち着いてきたみたいよぉ!」

 流石は現役の職業軍人。総大将に恵まれずともよくやっている。

 だがしかし、ザラの高速戦艦はすでに艦隊の中枢にまで食い込んでいた

「全砲門斉射!!」

「あいあいさ~!」

 左舷前方スラスターを全力で噴射。システムで殺しきれない慣性がザラ達に襲いかかるが、怯まず最短距離で突き進んでいく。

 艦隊中央の先頭。シリウス艦めがけて。

「……出た!」

 無理矢理に敵艦を蹴散らし、遂にそこへと辿り着く。

 綺羅びやかな装飾を施された巨大戦艦バズルオルト。その周囲を固める、三隻のへスタリア級空母。

 いいや、待て。

「……これは」

 ――護衛艦の数が、少ない。

「撤退! 撤退だ!!」

 急ぎ転進を試み、同時に撤退命令を飛ばす。

 これは罠だ。シリウスの性格を鑑みるに、今回の護衛艦は多くて八隻、少なくても五隻。三隻は明らかにおかしい。だからこれは罠だ。

 急転進したザラを待ち構えていたのは、ドラゴンスカルの艦隊だった。

 彼女らが援護に現れたわけではないということぐらい、ザラにもすぐにわかった。

 立ちふさがる艦隊に、ザラは訊ねる。

「これは一体どういうこと?」

「……こういうこと♡」

 刹那、全身の筋肉が強張った。自分の体であるはずなのに、ほんの少しも自由が効かない。まるで金縛りにでもされたかのような感覚に、ザラは覚えがあった。

「ま、さか……」

「その通り」

 回線に割り込む、ふてぶてしい声。

「運も実力の内なのだよ、ザラ」



 誇り高き海の女達、美しき女傑ことパイレーツ・ベテルは、その実シリウスの性奴隷軍団であった。

 パイレーツ・ベテルには三つの顔がある。

 ひとつはしがない海賊団。人類生息圏の果てで、ひっそりと略奪行為を働く外道集団だ。

 もうひとつはシリウス専用娼館船のクルー。彼の余りある性欲を受け止めるために集められた、生粋のマゾ女達。なんでも、お抱え概念技師により性感を改造されているのだという。

 最後のひとつは、シリウスのために悪事を働く正体不明の大艦隊。ゼロオペ艦を駆使して戦力を水増しし、ベスパや第九惑星を襲撃した連中だ。

 ザラにとって、シリウスに次ぐ不倶戴天の仇敵だった。

 なるほど誰も謎の艦隊の正体に気づけないわけだ。そこかしこで買い集めた性奴隷に艦隊戦の知識を叩き込んでいたなどと、誰が想像しようものか。

「それで、なにをなさるおつもりで?」

 純金とエングレービングに彩られた椅子に腰掛け、シリウスは笑みを浮かべる。

「俺の聖棒に奉仕しろ」

 肉体制御はされていない。自由に動く体を不審に思いながら、ザラは訊ねる。

「以前のように、制御なさればよいのでは?」

 シリウスはそれを鼻で笑った。

「それではつまらんだろう」

 ……まさか。

「仲間がどうなってもいいと言うのなら……逃げ出しても構わない。これから三時間、俺はこの椅子から立ち上がらないぞ」

 つまりこの男は、自発的な奉仕を要求しているのだ。

「……奉仕すれば、二人を助けていただけるのですか?」

「それはお前の誠意次第だ。だが、そうだな……」

 少しばかり考えてから、兄は下卑た笑みを浮かべた。

「ザラよ、俺の子を産め」

「は?」

「俺の子種をその腹で育めと言っている」

 理解できない。

「……なぜ、そのようなお戯れを」

「優秀な奴隷が欲しくてな。お前を使役できれば一番いいのだが……重罪人のお前を表立って使うことはできない。だから、その代わりだ」

 狂っている。

「さて、どうする?」

「……」

 兄の目は本気だった。



 セントラル恒星系、第四惑星アクセルにて。


 第五子の出産を終えたザラは、久方ぶりに身軽になった肉体を謳歌していた。

 勝手知ったる兄の離宮。随所にロココ調の装飾があしらわれたこの豪奢な建物の中で、ザラは基本的に自由だった。

 着衣の一切を禁じられていること、それ以外は。

「お嬢様、お食事の用意ができております」

 鼻の下を伸ばした執事が、丁寧な口調で告げる。彼らは週替りで派遣されてくるシリウスの部下だ。その視線は、ザラの肢体を舐め回すように上下している。最初の一年ぐらいは、下心を隠していたはずなのだが。

「ありがとう」

 恥の感情を仮面の奥にしまい込み、軽く頭を下げてみせる。

 最初の一年こそ上司に恵まれない彼らに同情の念を覚えていたザラだが、この下卑た視線を目の当たりにした瞬間にそんなものは雲散霧消した。上が上なら下も下。類は友を呼ぶとはこのことか。

 こんな奴らより可愛い女の子と一緒に暮らしたい。ミランダやアカシアは元気にしているだろうか。

 男達の狼藉はとどまるところを知らない。

 聞けば、離宮でのザラの世話係はボーナスのような扱いを受けているようだ。

 一週間、元第四皇女の肉体を視姦し放題。撮影も可能で、顔さえ隠せば写真や映像を売り払っても構わないとさえ言われているらしい。

 とどのつまり、ザラは全国民の慰み者にされているのだ。

 とても看過できるものではない。

 ザラはすでに動き始めていた。

 デバイスの裏モードから国内サーバーに侵入し、密かに情報を集めていたのだ。

 今の所アクセスに成功したのは、塩の山と化していくベスパから唯一運び込まれていた物体――惑星サーバーだ。

 かつてはベスパの全てを管理していた存在だが、今となってはただの記録媒体である。とはいえ抱えるデータは馬鹿にできない。

 元・首都惑星であるベスパは、ザラの生まれ故郷でもあった。故に、当然の如くアクセスコードも把握している。因みに用途不明の裏コードも存在していて、それは物理キーに仕込まれているらしい。

 閑話休題。

 故郷の惑星ほしが遺したものは、膨大な量のデータ群。アクセスに成功してから苦節三年、ザラは遂にすべてのデータに目を通すことができた。

 大半は現状と関係ない、有象無象の存在だった。それでも根気よく精査した閣下、有力なデータもいくつか見つけた。

 監視カメラの映像だ。

 艦隊攻撃の少し前、娼婦として潜入した海賊団の面々が、第二皇子を誘拐していたのだ。つまり、第二皇子ロメオはシリウスの手に落ちている。

 そしてもうひとつ。

 ロメオが秘密裏に研究を行っていた概念保護装置、セーフRリライトの基礎設計だ。

 シリウスがベスパを狙った理由、ズバリそのものである。



 兄との濃密な夜伽を終え、ザラはまるで潰れたカエルのように身を投げだした。

 周囲では、シリウスの部下達が愚息をいきり立たせている。数多の視線が突き刺さるものの、体がちっとも動かない。度重なる行為によって、ザラの肉体は開発し尽くされていた。

「あいも変わらず無様な姿よのう。貴様らもこの姿、目に焼き付けておけ」

 シリウスの言葉に、部下達は一斉に生唾を飲み込む。

 このように、彼は自らの性行為を周囲に見せつけて愉しんでいるのだ。悪趣味極まりない所業だが、もはや腹を立てている余裕もない。今のザラは、息をすることだけで精一杯だった。

「ところで愚妹よ、今日はもうひとつ余興を用意していてな」

 視線だけをそちらに向けると、シリウスは白い扉に目をやる。

「入れ」

 部屋に立ち入ったその姿に、ザラは戦慄した。

 第二皇子、ロメオ。

 ザラのもうひとりの兄であり、父王の正統後継者と目されていた男だ。ザラの住むベスパを任され、立派に星を発展させていた。

 それが今や、体中に隷属の文様を刻まれ奴隷と化している。

「兄上、本当にやるのですか?」

 震える声で訊ねるロメオ。肉親の情など一切ないとでも言いたげに、シリウスは吐き捨てる。

「まぐわえ」

 逡巡。それから程なくして、ロメオの肉体が硬直する。

 彼もまた、ザラと同じなのだ。

「……許せ、ザラよ……!」

 苦悶の表情を浮かべながら、ロメオはザラの上に覆いかぶさった。

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