第4話 ストライク・バック

 ししまい座銀河の中心近くに位置するセントラル恒星系は、古めかしい君主制をもって治められていた。

 王家の第四皇女として生を受けたザラは、しかし類まれなる才能によってメキメキと頭角を現していた。そしてそんな優秀な妹の存在は、愚鈍な長兄――第一皇子にとってはこの上なく邪魔なものであったらしい。

 父王により命じられた第九惑星の開拓中、ザラの率いる艦隊は謎の宇宙船に襲撃を受けてしまう。難破船を装ったトロイの木馬作戦に加え、単純な奇襲攻撃という二段構えだ。開拓用の船団を率いていたザラは、あっさりと追い詰められてしまう。

 結果として艦隊は壊滅。更に第九惑星は謎の砲撃により消滅し、ザラがその罪を着せられた。

 他人の足を引っ張ることしかできないこの男は、しかし他人の足を引っ張ることにかけては天才的だった。

「あの時受けた屈辱……忘れたことはありません。よくもまあ、私の前に姿を現せましたね」

 困惑するミランダとアカシアを尻目に、ザラはぐいと前に出る。

 これみよがしにレイザーガンを抜くと、兄――シリウスはおどけるように言った。

「おお、怖い怖い……飼い犬に手を噛まれるとは、こういうことを言うのだな」

「誰が飼い犬か」

「犬であろう。ほれ」

 シリウスの手が、ザラの下腹部に触れる。

「はうっ」

 蘇る、屈辱の記憶。

 大罪を背負わされたザラは、刑罰と称して心身ともに陵辱された。しつこく、徹底的に、記憶から消し去りたくなるほど。

 この兄、シリウスの手によって。

「また聖糞を食す生活に戻りたいのか?」

「……滅相もございません」

 ザラの体には淫紋が刻まれていた。

 不死や生体自爆と同様、概念の書き換えだ。シリウスお抱えの概念技師によって施された、屈辱の証。

 それによりザラは、

「絶縁したとはいえ、同じ血を分けた者のよしみだ。この場は見逃してやろう」

 シリウスの眼光が、鋭く輝く。

「しかし、妙な気を起こすようであれば」

 また、飼われる。

「……すぐに、出ていきます」

 ザラはミランダ達二人を引き連れ、シャトルへと戻っていった。



 ソース恒星系、惑星タイタン。とある喫茶店にて。


「あの態度! 酷くないですか!? おかしいですよ絶対!! それに……無理矢理言うこと聞かせようなんて!」

「そうよねぇ。ああいう男はモテないのよ」

「アレはそう。あのまま……昔から」

 三人の女が管を巻いているのは、少しばかり路地を外れた場所にある陰気な喫茶店だ。選んだ理由はフレンチトーストが美味しそうだったから。

 姦しく騒ぐ内容といえば、シリウスの悪口大会だ。

「住んでた星の王様があんなだとは思いませんでした。幻滅です」

「いや、王位はまだ継承してない……というか、できないはずだった」

 事情通……もとい当事者であるザラは、あの星で起きたことを詳らかにした。

「あの男は第一皇子だけど、才覚がないことは父上もわかってた。だから、あとを継ぐのは第二皇子だろうって話にはなってたんだよね」

 人々が生き急いでいた時代とは違い、今はいくらでも時間がある。父王は、後継者として相応しい人間となるまでゆっくり第二皇子を育成していた。

「……でも、シリウスはそれを是としなかった」

「王様になりたかったのねぇ」

「そう。で、狙いをつけたのが――」

「第二皇子が自治権を握っていた、第三惑星……ということですか」

「その通り」

 簡単な話である。

 シリウスは自らの握る裏艦隊を用いて、第三惑星を襲撃。第二皇子をどこかへ連れ去り幽閉した上、防衛軍壊滅の責任を彼に被せたのだ。

 ただし証拠は残さない。旧第九惑星の際もそうだったのだが、あの男は隠し事が異様に上手い。他ならぬザラ自身、刑罰を終えとして飼われていた間は完全に行方不明という扱いだった。

「……まあ、状況証拠と推測でしかないんだけどね」

 それでも概ね正しいという自負はある。

「謎の艦隊っていうのも、本当に謎でしかないですしね……」

「他の星系から連れてきてる、ってところまでは掴んだんだけど……」

 そこから先が、わからない。

 久方ぶりの沈黙。

 ようやく静かになった喫茶店で、しかしミランダが口を開く。

「それでぇ、ザラちゃんはどうしたいのぉ?」

「どうしたい、って……」

 どうもしようがない。そもそもザラは、あの男に逆らえないのだから。

「私にはもうなにもできないから……」

「ほんとぉに?」

「え?」

 ミランダの言わんとしていることが、ザラにはよくわからなかった。

「だからぁ、逆らえないのって淫紋のせいなんでしょぉ?」

「そうだけど……」

「じゃあ、ザラちゃんだってバレないようにしたらいいのよぉ」

「……そうか」

「どうするんですか?」

「いや、今の私、小金持ちだから」



 膨らみ続ける宇宙の果てには、誰も到達できないとされている。

 今の所その俗説は正しいものとされていて、人類が掌握しているのはこの宇宙のほんの一部。七つの銀河と、三つの暗黒地帯のみ。

 ししまい座銀河はその中でも未開の地が最も多い。恒星系のや特異天体の少なさから資源的有用性に乏しいため、開発が後回しにされているのだ。

 故に宇宙連邦政府の力はほとんど及んでおらず、特に過疎地の治安は最低レベル。

 だが、それを裏返せば自由が広がっている。

 個人が宇宙戦艦を購入できるのは、全宇宙を探してもここぐらいのものだろう。

 手に入る中で最上級のツーオペ艦を一隻。資金に余裕があるので宇宙海賊も雇った。戦力としては十分だ。

「こんだけ派手に仕掛ければ、逆に誰だかわからない……面白いこと考えたねえ」

「木を隠すならぁ、森の中って言うじゃなぁい?」

「それは違うんじゃない?」

 一番艦のブリッジで、笑い合う三人。

「故事にそんな話はありそうですよね」

 こんなことにまで付き合う必要はないはずなのだが、アカシアはきっちり自腹を切ってワンオペ艦を買った。なんと休職願いまで出してきたそうだ。本気度が違う。力を借りない方が失礼に当たるだろう。

「でも、いつ仕掛けるんですか?」

 彼女の疑問はもっともだ。いくら相手が悪逆非道のボンクラ王族と言えど、本拠地である第四惑星に直接攻め込むわけにはいかない。その星で平和に暮らしている人々も、沢山居るからだ。

「ちょうどね、調印式があるんだよ」

 古臭いが大好きなセントラル恒星政府は、レトロ趣味が高じたあまり印鑑などという書類時代の産物を用いている。とはいえ、星間ワープが気軽に使える現代においては、当時ほど不便なものでもない……とされていた。

 が、ここにもう一つの悪習が融合した結果、想像を絶するほどに効率が悪くなる。

 というのも、一部の王族は自らの権威を示すために事あるごとに艦隊を率いて移動するのだ。

 シリウスも、当然の如くその一人である。

 今回はこれを利用する。

「ニュースによれば、新第九惑星の開拓は第二第四惑星が共同でやるらしい」

「でも、艦隊移動の日取りは秘匿されるんじゃないですか?」

「そこは元身内だから。ある程度わかる」

 同様に、警備の穴も突きやすい。



 調印式前日、セントラル自治圏外B宙域(旧ベスパ近海)


 岩礁に紛れながら、ザラ艦隊はゆっくりと進軍を続けていた。

「この辺りの緩さは昔と変わらないな……」

 呟きながら、目視で相手を確認する。

 王家の紋章を高々と掲げた艦隊が、威風堂々と突き進む。狙うは艦隊中央。奇襲で分断して、後ろは海賊に任せる。中央の手薄な部分を抜け、シリウス艦を撃沈したら急ぎ撤退。安全圏まで離脱したところで、レーザー通信を送りつけ挑発。

 ……というのが理想の展開だ。

 あくまで目標は一矢報いて煽ってやること。少しでも痛手を与えられれば、後はガン逃げしてから通信で煽り倒せばいい。淫紋の発動条件は、シリウスがザラの居場所を把握していること。全部終わったら他銀河に逃げて、勝ち逃げの成立だ。

「こちらの準備はできている。後はクライアントの命令次第だ。座標は決まったんだろうな?」

 通信機越しに響く、威勢のいい声。

 ドラゴンスカルの旗を掲げた、世にも珍しい女海賊団――パイレーツ・ベテルだ。ザラの男嫌いは、治るどころか悪化していた。

「目標はあの空母。アレが1928,6557,4231に来たら作戦開始」

「了解した。報酬分はしっかり働こう」

 敵艦隊の座標を照合。目標地点までは、もう目と鼻の先。

 ベテルの旗艦アルデバランに、僚艦からのエネルギーが転送される。

「重量子解答。座標最終確認……ヨシ」

 主砲が開く。それに合わせて駆動切り替え。全艦にてエンジン点火。微速前進。

「タキオンブラスター……撃て!」

 艦隊を貫く超長距離射撃が、開戦の合図だ。

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