第3話 塩の星
惑星浄化は星の殺害。原生する動植物から微生物に至るまで、その全てを根絶やしにする。
その果てに救出された三十五名には、給料に加えて保険金と慰謝料、その他諸々の手当がたんまりと支払われた。
ザラもまた、その一人である。
桁違いに増えた預金を眺めながら、プライベートシャトルをチャーターする。なにぶん初めての経験なので、慣れずに三度も恥をかいた。
向かう先は、安アパートのあるコロニー。老朽化により恒星政府が廃棄したものを、民間企業が買い取って運営している居住コロニーだ。
宇宙港から大通りをタクシーで縦断。微妙に舗装の行き届いていない路地を抜け、安アパートへ。
これだけ長い間家を開けていたのは初めてだ。惑星開拓など、かかっても十年で終わる。それが気づけば五十年も経っているのだから、一人暮らしであれば高飛びを疑われていたところだろう。
「ただいまー」
いつの間にやら新調されていたドアノブに手をかけ、電子ロックを解除。部屋に戻ると、相方が半裸で出迎える。
「おかえりぃ。遅かったじゃない。帰ってこないかと思ったわぁ」
甘ったるい声でそう言ったのは、ルームシェアの相手であるミランダだ。軽めの頭と男受けする容貌に違わず、水商売で生計を立てている。
「まあいろいろあってね」
「そぉ」
いらぬ詮索をしてこないのが、彼女の美点だ。
「あぁ、そうだ」
なにか思い出したらしく、ミランダはデバイスに目をやる。
「ザラちゃんって、ベスパ出身だったっけ」
「まあ、一応ね」
「なんかぁ、戦争で焼けちゃったらしいわよ」
「はぇ?」
急ぎセントラル恒星系のニュースログを確認。十年前の記事だ。第三惑星ベスパ、正体不明の軍隊に襲撃され壊滅。第二皇子ロメオは行方不明。
記事に載っている写真は、どれも塩の山ばかり。
やられた。
ザラは荷物を拾い上げ、踵を返して部屋を出る。
「ちょっと実家に顔出してくる」
「なくなっちゃったんじゃないのぉ?」
「それでも」
ドアノブに手をかけると、背後で彼女が立ち上がるのに気づいた。
「それじゃぁ、あたしもついていっていいかしらぁ?」
「いいけど……仕事は?」
「産休貰ったから暇でぇ」
「また……? よくもまあ、そんなに……また男?」
「そうよぉ」
「よくもそんな気持ち悪いことできるよね」
嫌悪感を顕にしたザラに、ミランダは口を尖らせて言う。
「ザラちゃんの男嫌いはちょっと極端すぎるのよぉ」
「あんたはあんたでおかしいから……」
ミランダはキッズバンクの
この女の受精卵は、今頃名前も知らない誰かの
※
セントラル恒星系は、ししまい座銀河の中心近くに位置している。
「一緒に出かけるの、久しぶりねぇ」
「そーだね」
頷き合いながら街に出る。安アパートのある町外れと違い、中心市街はにぎやかだ。中でも目を引くのは、頭上に映し出された立体映像だろう。惑星ネットワークを用いて、惑星圏内全域に放送されている。
「セントラルの次期国王は、やはり彼になるのでしょうか」
「どうですかねえ。可能性は非常に高いと見られていますが……
報じられているのは、セントラル恒星系の後継者問題についてだ。タイムリーと言えば、タイムリーと言える。
とはいえ、あまり愉快な話題でもない。
ミランダとわざとらしく談笑しながら、国際宇宙港へと向かった。
「あらぁ、ほんとに大きいのねえ」
彼女の言う通り、大きな施設だ。
普段使っている港とは違い、富裕層向けの食事処が並んでいる。すっかり馴染みのなくなってしまった光景に気後れしていると、見覚えのある顔が視界に入った。
「あれ? あんたは……」
「あ、ザラさんじゃないですか。奇遇ですね」
こちらに気づいたらしい彼女は、先の事件で最初に捕まっていた苗床女――ザラと共に避難誘導を行っていた女性社員だった。
「なぁに、知り合い?」
「この前仕事で一緒になったんだよ」
「そぉなの。よろしくね」
「はい、よろしくお願いします」
礼儀正しくお辞儀した彼女は、ザラに向き直るとこう言った。
「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね」
そうだった。何十年も一緒に居たはずなのだが。
「アカシアと申します。ところで、ザラさんはどこへ?」
「ベスパに」
すると彼女は目を見開いた。
「奇遇ですね。私もなんですよ」
「なんでまたあんな廃墟に」
「それあなたが言いますか?」
それもそうだ。
「……故郷なんですよ、私の」
「なんだ奇遇。私もそうだよ」
まさかこんなところで同郷に出会うとは思わなかった。
「そうだ、ご飯にしませんか? いいとこ知ってるんですよ」
魅力的な提案だ。
「そうしよっか。お腹空いちゃって」
「こっちです。気に入ってもらえるといいんですが……」
因みに店は十年前に潰れていた。
※
セントラル恒星系第三惑星、旧ベスパにて。
うず高く積み上がる塩の山は、浄化された星々と見紛うほどのものだった。
どこまでも広がる白銀の大地は、まるで雪景色のよう。なにも知らなければ、美しいとすら思ってしまうだろう。それだけ現実感のない光景だった。
いやはや、しかし。
これほどのものとは。
正直、フェイクニュースを疑っていたフシもある。長兄は愚かな人間だが、しかしあの小心者がこんなことまでしでかすとは毛ほども思っていなかった。
だが、これは紛れもない真実だ。
「そんな……こんな、ことって……」
涙を流すアカシアと、その小さな肩をそっと抱き寄せるミランダ。二人もまた、この悲惨な光景にショックを受けているようだった。
仮設の無人宇宙港には、いくつかの立て看板がある。住民の転居支援についてだったり、ここに住んでいた人間がどこに引っ越したかの問い合わせ先だったり。
当然ながら、死人は一人も出ていない。
「家族から、母星がなくなったって聞いた時は……驚きました」
涙を拭い、アカシアはぽつぽつと語りだす。
「平気だと、思ったんですけど……こうしてみると、涙が止まらなくて……」
人は死なないが、人以外は全て死んでしまった。
町も家も、思い出も。ここにあったもの全てが、塩になった。
「ごめんなさい……ご飯ぐらい食べられるかと思ったんですけど、本当になにもないですね」
消えた過去を振り払うように、アカシアは笑顔を作ってみせる。長い人生だ。実家がなくなるぐらいまでならありふれた話だが、しかし母星まるごと滅亡するなんてことは滅多に無い。
それでも折り合いをつけるしかない。人生は、続いてしまうから。
「潰した星って、本当にそれで終わっちゃうんですね」
意外な発言だった。彼女が勤めているのは、銀河政府によって開拓価値がないと判断された星を耕す会社だ。価値を認められていない星ばかりを狙っている以上、先日のような危険な星を引き当てることも決して少なくはない。
「死んだ星を見るのは初めて?」
「はい。恥ずかしながら……先日の星が、開拓部に異動して初めての仕事だったものでして」
「じゃあ初仕事があれってことか……そりゃお気の毒に」
「ザラさんは慣れてるんですか?」
「まあ、この仕事始めて長いからね……」
社会の末端で泥を啜るような生活を余儀なくされてから、どれほどの時が経っただろうか。
あの事件さえ起きていなければ、この星も、今頃は。
「あれぇ、あたし達の他にもお客さんみたいよぉ」
ミランダの言葉につられて空を見上げる。派手な装飾を施されたシャトルが、ごうごうと音を立ててこの地へとやってくる。
「あの紋章……セントラル政府のものでは?」
「政府ぅ? そんなえらぁい人が、どうしてこんなところに……」
疑問符を浮かべる二人の横で、ザラだけがそれを知っていた。
「……ほう、驚いたなあ」
長い髪を揺らした気障な男が、場違いなレッドカーペットの上をつかつかと歩く。護衛の黒服を引き連れた、この男は。
「まさか本当に帰ってきているとは思わなかったぞ、ザラ」
馴れ馴れしくザラの肩を叩き、厭味ったらしく彼は言う。
「まったく、どの面を下げてこの地を踏んでいるのか」
誰のせいだと思っている。
「その言葉、そっくりそのまま返させていただきますよ……兄上」
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