第2話 暗闇の中で

 茨の道だが生き地獄より遥かにマシだ。

 どうやらこの十数年間を有意義に活用した猛者が居たらしい。

 彼女は奇跡的に指がデバイスに届いたらしく、自力で概念データを書き換え生体自爆を会得したというのだ。

「やればできるもんだな、人間」

 感心するザラに、女は苦笑してみせる。

「こんなことばっかしてたから、こんなとこに居るんだけどね」

 超・高度な技術である概念の書き換えには、星間資格が必要だ。その上、有資格者は脳にチップを埋め込まれてその動向を逐一恒星政府に監視されている。これは概念の書き換えがあまりにも万能すぎる技術であり、ともすれば人類滅亡のトリガーにもなりかねないための措置だ。技術自体の難解さもあり、概念技師は惑星に一人居るか居ないかと、非常に少ない。

 故に、概念書き換え依頼には多額の金銭が必要になる。

 そんな閉じた市場には闇技師がつきものだ。

 どうやら彼女もそのクチらしい。

「誇れる技能じゃないか。大手を振るって歩けばいいのに」

「やだね。誰が喜んで自分からチップ埋め込まれに行くんだよ」

「でも今は入ってるんでしょ?」

「……まあ」

 不測の事態を防ぐため、不正な書き換え行為は全宇宙の治安組織によって厳重に監視されている。故にモグリの技師にできることは少ない。少しでも目立つ動きをすれば、あっという間に軍隊が飛んできて脳に超強力なチップを埋め込まれてしまうのだ。そのため彼らに頼めるのは、身体機能の微増が関の山。正規の技師をやっていた方がよほど儲かるらしい。

「あれ?」

 待てよ。

「ここで書き換えたの、国に筒抜けじゃない?」

「そうだよ」

 あっけらかんと彼女は言った。

「政府もこの星の扱いには困ってるらしくて、今回だけは許すって。まあ、次やったら問答無用で思考制御されるらしいけど」

 目の前に居るこの脳チップ女は、自前の肉体で恒星政府と交信できるらしい。

「他になんか聞いた?」

「一応、救助部隊は何度か派遣されてるらしいけど全滅だって」

 どうにも完全に見捨てられたわけではないようだ。

「今は惑星浄化を銀河政府に上申中らしい」

 待っていても助かる見込みはあるようだ。もっとも、何十年先の話かはわからないのだが。

 そんなのは御免だ。

 政府曰く墜落した宇宙船が何隻かあるらしいので、頑張って直して脱出しよう。原生生物が機械に興味を持たないタイプでよかった。



 巨大生物の体内なのだろう。肉塊でできた洞窟を、ひたすらに走る。

 十五人居たメンバーは、気づけば三人になっていた。

 ザラと、脳チップ女のミライ。加えて――

「ひぃっ!?」

 堕胎罪の常習者であるレイヴィが、その細い足を触手に絡め取られた。

「た、助けて……」

 助けを求めながら引きずられていく仲間を振り切り、二人は走る。立ち止まれば、すぐに捕まってしまうから。

「後でまた助けに来るから……」

 ミライのつぶやきに、ザラはふと、思った。

「あんたなんで一人で逃げなかったの」

 彼女は生体自爆が可能だ。彼女一人であれば、脱出も容易であろう。

 だが彼女はそうしなかった。あまつさえ、一人でも外に送り届けられたら戻って誰かを助けに行くと言うのだ。

 理解できない。

 そんなザラの疑問に、彼女は答える。

「一人じゃ、寂しいから」

 存外寂しがり屋なのだなと、ザラは思った。

 少し進むと、ひときわ大きな個体が往復している区画についた。見張り番、ということなのだろうか。だとすると、着実に外へと近づいていることになる。

 戦闘になりそうだ。

 左腕のデバイスを確認。皮膚に埋め込まれた生体デバイスが、中空投影型のモニターに現在のコンディションを表示する。

 この十数年で持ち込んだ武器のほとんどが壊れてしまったが、ガンベルトのレイザーガンだけは生きているようだ。ソウルドライブ搭載で残弾無限の優れもの。一家に一丁オリエンタリアのレイザーガン。

「合図したら一気に突入。いい?」

「任せな」

「それじゃあ……三、二――」

 ミライの合図で肉床を蹴り、デカブツの背後へ回り込む。その姿を例えるなら、地上を歩く巨大イカ……といったところだろうか。足元を抜けられればよかったのだが、十本以上あるそれの間は抜けられないと判断した。

 二人に気づいた陸イカが、細長い足を小刻みに動かしターンテーブルのように旋回する。それよりも早く、二人は走った。

 どうにも、彼らはあまり頭が良くないらしい。

 陽動には絶対に引っかかるし、物を投げれば必ず落ちた方向へ注意を向ける。扱いやすいことこのうえない。

 反対側の壁を撃つと、陸イカはそちらに向き直る。間抜けな姿を尻目に突破。

 次の区画は細い通路。そして前後から迫る五足歩行の生体。

「小さいやつなら!!」

 レイザーガンを連射。行く手を阻む個体の表皮が、焼けて黒ずんでいく。

「効いてる、けど……!」

 かすり傷か? 流石に出力が足りない。

「こうなったら……」

 ミライが呟く。

「自爆するしかねぇ」

「は?」



 不死身でなければ死んでいた。

 なんとか危機は脱したが、肉壁も吹き飛んだので方向がわからなくなってしまった。安易に大量破壊兵器を使うべきではない、というのがよくわかる。

「アア――」

 無機質な声。新たな気配。

「……ヒドイ、コトニ」

 新たな敵の登場に、二人は息を呑んだ。

「何者だい、あんた」

「ワタシ……メッセンジャー」

 メッセンジャーと名乗ったのは、人型の肉塊だ。口や鼻を模しているのか、頭部にはそれらしい凹凸もある。だがしかし、発声は腹から行っているようだ。

「アナタタチハ……ツヨイ……サンプルニ……スル……」

「勝手なことを!!」

 射撃。効かない。威力が足りない。

「自爆するしか――」

「サセマセン」

 突如肉壁が動き出し、ミライの体を包み込む。その直後にくぐもった音が響き、一帯が大きく震えた。

「ソノテハツウジマセン」

「上辺だけ真似てるってわけじゃあないのね……」

 ザラは呟いた。

「そんな、ありえない……」

 解放されたミライは、驚きの表情でメッセンジャーを見やる。

「ワタシハ、ニンゲンノイデンシヲトリコミウマレマシタ」

 取り込んだ結果、知恵を得たと?

(いや――)

 おかしい。

 そもそも、彼らは母体の胃袋で繁殖している。言ってしまえば苗床はただのベッド。人工子宮のようなものだ。

 そんなものから遺伝子を取り込めるわけがない。

 ならば、なぜ?

「……どうやって、取り込んだんだ」

「オミセシマショウ」

 主語を欠いた言葉だが、メッセンジャーはザラの意図を完璧に汲み取っていた。



 連れられた先は地獄だった。

 肉壁に埋め込まれた、一人の女。耳から挿入された触手に脳機能を制御されているのか、等間隔で妙なうめき声を上げている。

 それだけでも十二分におぞましいのだが、更に酷いのが下半身だ。

 その子宮には太い管が二本挿入されていて、片側は肉壁のどこかへ、もう片側は足元へ杜撰に投げ出されている。伸びて広がった先端からは、時折異様な物体が排出されていた。

「イデンシトリコミ、ナカナカウマクイキマセン」

 産み落とされた物体は、どれも生物の形を取っていない。中には手足や口のようなものを持った個体も居るが、基本的にはただの肉の塊だ。生命機能も満足に備わっていないのか、数分と経たずに息絶えている。

 どうやら、かなり原始的な遺伝子の取り込みを行っているらしい。

「サンニンイレバコウリツサンバイ」

「そんなの――」

 ミライがレイザーガンを構える。

「素直に従うわけ無いでしょ」

 ザラもそれに続く。バケモノの子供など孕んでたまるか。攻撃のタイミングを、アイコンタクトで測ろうとして――気づいた。

 ミライが動きを止めているのだ。

「……あれ? ミライ?」

 揺すっても叩いても、反応がない。

「ミライさん?」

 そこでようやく、気づいた。

 彼女の耳から、ほんの小さなミミズのような生体が顔を出している。

 自爆を封じられた時、仕込まれていたのだ。

「まさか――」

 気づけば、時すでに遅し。

 思えば……ことは、意外だった。

 そうであってほしくは、なかったのだが。



 文字通りのと化したザラは、その後三十七年間、ただの一秒も眠ることなく意識を保ち続けた。

 精神以外の全てをジャックされ、ただひたすらに卵子を排出し続ける。

 五感をシャットアウトされた中で、ただただ肉体が汚され続ける不快感だけが脳を苛む。

 どうせなら、精神までも支配していて欲しかった。

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