概念書き換えで死を克服した私が無実の罪で辺境銀河へ流刑されたんだけど~未開拓の地で美女に囲まれ50年~母星が敵艦隊に襲われて壊滅状態らしいけどもう遅い!

抜きあざらし

前編

第一話 ししまい座銀河A-15星系

 ノーズ恒星歴三三年、十四月二八日。


 人類が死という概念を過去のものにし、広い宇宙に飛び立ってから三千年。

 最下層の低賃金労働者がタコ部屋に詰め込まれるのは、今も変わらぬ日常風景であった。

「おっと失礼」

 すれ違いざまに肩がぶつかり、ザラは軽く頭を下げる。

「わりぃな。……おっと」

 同じく頭を下げた男は、ザラの顔をしげしげと眺め、にんまりと笑みを浮かべる。

「なんだ、ずいぶんと別嬪さんじゃねえか。どうしてこんなところに流れ着いたんだい?」

 飽き飽きした質問に、ザラはため息をついた。

 この手合はナンパである。決り文句でビビらせてやろう。

「惑星破壊罪」

 男は顔を強張らせた。

「へ、へぇ……なかなかやるな……」

「お兄さんはなにを?」

「へ、へへ……俺は宇宙海賊のカシラやってたんだがよ……ヘマしちまってこのザマだ。ま、お互い頑張ろうな」

 そう言って、彼はそそくさと食堂ブロックへ向かった。根性がない。これだから男は嫌いだ。

 さて。

 航行期間は四日。これ以上起きていても不快な思いをするばかりだろうし、さっさと冷凍睡眠に入ってしまおう。今ならポッドも空いているはずだ。



 ノーズ恒星歴三三年、十五月二日。


 時刻は五五時ちょうど。

 この星系の標準時計は数字が多くて気持ち悪い。

 支給された装備に身を包み、ザラは降下ハッチから飛び降りた。

 赤々とした不気味な空を泳ぎ、ザラは呟く。

「さて、何年かかるかな……」

 先遣隊の報告から、巨大で敵対的な生物(β個体)が生息していることがわかっている。故に、最初の仕事は原生生物の駆除。なんと今回は秘密兵器まで投入されるようだ。

「そこの派遣! 道を開けなさい!!」

 甲高い声と共に、ザラに大きな影が落ちる。

 何事だ?

 転身し上を見やると、そこには巨大なロボットヴァンパイアドールが居た。

(これ私サボってても大丈夫そうだな……)

 素直に道を開けると、VDヴァンパイアドールはすぐに降下していった。流石、正社員様は気合の入り方が違うようだ。

 我々派遣社員は適当に働いて適当に稼がせてもらおう。




 ――自分の甘さを思い知らされたのは、それからきっかり二時間後のことだった。



 人類の不死性を活かした物量戦――いわゆるゾンビ・アタックは、一見すると万能な戦術に思えるかもしれないが、実際のところそうでもない。

 特に今回の惑星では、人類の不死性が完全に裏目に出た。

「こんなデカい寄生生物が居るなんてね……!」

 撤退戦の最中さなか、ザラは吐き捨てる。

 これは完全に先遣隊の調査ミスだ。この惑星の原生生物βは、他生物の肚を借りて無限に増殖するバケモノだったのだから。

「やめろ! 押すなよ!!」

「早くしないと間に合わねえだろうが!!」

 我先にと逃げ惑う派遣社員達。

 原生生物は、先遣隊の報告の十倍の物量で人類を出迎えた。だが、それだけならまだいい。なにせこちらは死んでも死なない不死の存在。言ってしまえば無限に使える人材であり、相手が定命である以上いつか必ず勝利を掴める。

 だが、問題は彼らの生体にあった。

「や、やめて! 嫌っ――」

 耳のないゾウのような個体に飲み込まれ、女が一人姿を消した。満足したゾウもどきは、踵を返して寝床へ帰っていく。

 彼らは多種族の雌を捕らえ、胃袋を苗床にすることで増殖する。また、特に雌雄の区別はできないらしく、平等に男も誘拐されていくのだが……どうやら惑星の反対にある巨大生体が大気圏外へ放出しているらしい。要するに、一度捕まれば男女問わず戦力外になってしまうのだ。

 こちらの数は減り続け、対象的に相手は数を増やし続ける。これほど恐ろしい敵はいない。

 ……とはいえ、その巨体故に母体は使い捨て。増殖速度は、決して早くはないはずだった。

 だが、この地には訪れていたのだ。

 不死の身である、人類が。

 先月訪れた先遣隊の中で、一人だけ未帰還の者が居る。齢二百にも満たない、若い女だ。

 先走って敵陣に突入したチームからの報告によれば、彼女は巣の中で原生生物の子供を産み続けているようだ。

 因みにそのチームはすでに大気圏外へ放出されている。



 とまあ、この星に跋扈する生命体は人類との相性がすこぶる悪かったのだ。

 現在、人類は撤退を強いられている。

「C地点で救助艦が待機しています! 至急避難してください!!」

 半壊したVDで誘導作業を行っているのは、降下中にザラを追い越していった正社員の女だ。普通正社員と言えば、こういった状況で真っ先に逃げ出すのが慣例なのだが。

「あんたは逃げないのかい」

 接触回線で訊ねると、彼女はため息をつきながらぼやく。

「帰還率が悪いと人を斡旋してもらえなくなるんですよ……」

 随分と仕事熱心なことだ。派遣社員の帰還率など、パイロット査定には含まれないというのに。

「あなたも早く艦へ。安全圏とはいえ、こちらもそろそろ限界です」

 そうしたいところではあったが。

「いや、もう遅い」

 ザラは赤い空を見上げる。

「限界である! 当艦はこれより一時離脱を行う! 再訪は三時間後にF地点を予定! 健闘を祈る!!」

 待機地点が制圧されてしまったらしい。救助艦は尻尾を巻いて逃げ出してしまった。まあ、仕方のないことだ。人類は自力で大気圏を突破できないし、人と違って船は壊れる。放っておいても死なないのだから、帰還率だけを考えるならは一旦放置するのが正しい。

 当然、こんな戦場で三時間も逃げ延びられるわけがなく。

 ザラも正社員の女も、仲良く軟体生物にお持ち帰りされてしまった。



 身の丈を超える軟体生物が、ザラの口からこぼれ落ちる。

「ゲホッ、ゲッ、エ゛ェ……」

 胃液と唾液の混合液を吐き出しながら、ザラは激しく咳き込む。

 原生生物の苗床にされてから、かれこれ十年以上が経過していた。

 呼吸もままならない内に、白い触手がザラの胃袋に卵を産み付ける。何度も何度も気が狂いそうになったが、その度に不死の力が脳機能を蘇生させた。生き地獄とは、まさにこのことか。

 周囲には、ザラと全く同じ境遇の女が十人ほど。

 だが、どうやら正社員の女は居ないようだ。吐き出してから産み付けられるまでのインターバル、そのおよそ一分間を用いてお互いの素性を確認したのだが、どいつもこいつもザラと同様のクズばかりだった。

(死にたい……)

 長い人生だ。こういった生き地獄を味わったことが、ないわけではない。

 だが、そのどれもが一年以内に終わっていた。

 たとえば、金持ちに飼われていた時。半年で飽きられ捨てられた。

 原生生物の苗床になったこともあるが、その時は半月で救援がやってきた。

 だが今回はどうだ。十年経っても外界から得られる情報はなにもかわらない。

 端末に通信が来ることもないので、恐らく見捨てられたのだろう。

 もしも助かる可能性があるとしたら、惑星浄化が行われた場合だろうか。人類に敵対的で、かつ手の施しようがない生物が生息する惑星は、驚異となる前に原生生物を根絶やしにするのだ。

 だが、それも閣議決定に数十年はかかる。

(知覚シャットダウン、できるようにしとくんだったな……)

 何度したかわからない後悔。借金は増えて、生活は苦しくなるが……致し方ないだろう。



 その時だった。



「助けに来たぞ!!」

 一筋の光明が、ザラの元へと訪れたのは。

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