第16話 魔剣王ボルゲ

「誰かぁー! そいつを捕まえろ! 人間の侵入者だぁー!」


 猛烈な勢いで駆け寄ってきたセンタ。口をぱっくり開けて呆然とする魔族ヴェラドーナ。またしてもオロオロし出すシエナ。側まで来ちゃった以上、もう隠してきた俺たちの素性もバレてしまった。


「良かった! 二人とも無事だったんだね。見つからなかったから心配だったよ」

「無事だったが、君と再会したことで厄介なことになる」


 ヴェラドーナとその部下達は、ようやく状況を整理できたのか、武器を取ってこちらに近づいてくる。


「てめえら! やっぱり人間だったじゃねえか。お前ら、こいつらをやっちまえ!」


 やっぱそうなるのか。勘弁してくれよ本当に。


「きゃああ! ゼルさん、センタ! 逃げますわよ」

「く! ここは僕が引き受ける! 君たちは里の外へ!」

「いや、いい。正面から帰るとしよう」


 周囲には槍や剣、斧や魔導書を持つ連中がうようよ集まっている。ヴェラドーナは弓を構え、先制攻撃とばかりに矢を何発か放ってきたが、センタは盾を構えて防ぎきる。


「正面からなんて無理ではありませんの?」

「そうだぞゼル君! こんなピンチの時に何を言ってるんだ」

「誰のせいでこうなったんだよ! 大丈夫だ、問題ない」


 俺にしてみればあまり使いたくない手段ではあったけどな。まあいい、今回でもう妙な仕事は終了なんだから。


「逃がすな! 一人残らず蜂の巣にしちまえ!」


 ヴェラドーナ達にはっきりとは見えないように、ちょっと隠しつつ一枚のカードを取り出し、すぐに使用する。魔族達の包囲網が急激に狭まる。剣が。矢が。斧が。鍛え抜かれた腕が。拳が。並の人間では凌ぎようがない強烈な力が迫ってくる。


 霧散していくカードは二枚。一枚は光の柱が描かれていた。センタが盾を構えて必死にシエナを庇う中、誰もが虚を突かれたように呆けた顔になる。魔族達は皆一様に吹き飛ばされ、少々地面を転がるものさえいた。


「結界? くそ!」


 ヴェラドーナは苛立ちながら、光の結界に向けて矢を飛ばしまくってくるし、魔法を使える連中は爆発魔法や闇の玉を飛ばすことで、この防御壁を破壊しようとした。

 しかし、すぐには無理だ。


「ど、どうなってるんだ!? 僕は夢でも見てるのか」

「いいえ! これはわたくしの夫がしたことです。そうなのでしょう?」

「その嘘設定、いつまで続ける気だよ。さて、じゃあ行こうか」


 キョトンとする大聖女と聖騎士。ちょっと唐突な発言すぎた。もう一枚のカードには、重々しいハンマーの絵が描かれている。


 俺は右拳を握りしめ、地面を少々強めに殴りつける。まるで無意味に見える拳から、円状に魔法が広がっていく。薄く白い光はやがて、周囲を囲んでいた魔族達全員に影響を及ぼし始めた。


「何の真似……ああ!?」


 ちょっと遠間から、弓でチクチク攻めてくるヴェラドーナの辺りまで範囲が広がった。奴らは何かに潰されたように地面に崩れ落ちて動けなくなる。重力をほんの数倍に上げるだけの魔法だが、相当効果はあったようだ。


「あ、ぐうう!」


 誰かの呻き声がする。奴らは大した怪我こそしないが、しばらくは行動できない。俺は魔法を解除すると、あとはただ歩くだけだ。魔族達はじきに回復するだろうけど、その頃はおさらば。遠くから見守っていた魔族の仲間達は、警戒心からこちらに近づいてこない。


「なんてことだ。みんな平伏してしまってる! ゼル君! 君は一体何をしたんだ」

「魔法使いなら大抵は使える重力魔法だよ。それより、さっさと行こう」

「まあ! 重力魔法といえば、とっても高等かつ扱い手が少ない魔法ですのに。謙虚ですわ、あなたったら」

「いつまでも芝居を続けるな」


 あー良かった。これで万事問題なく事が進むはずだと、安心しながら里から立ち去ろうとする中、一人だけ諦めいない女が叫んだ。


「待て! てめえ! なんであたし達を殺さない?」

「いや。本当に薬が貰えれば良かったんで。じゃあな」

「おい! 待てよ。最後に名乗っていけ、何者だ!?」


 執念深い奴め。まあ、名乗るのは確かに礼儀ではある。


「あー。俺は魔創……」


 まずい。うっかり口を滑らせそうになってしまった。


「まそ、何ですの? ゼルさん、実は本名は違うお名前だったのですか?」


 シエナが食い気味にこっちの顔を覗き込んでくる。


「名乗りくらいはちゃんとするべきだぞ! 君達! 僕は聖騎士センタだ!」

「お、お前のことはいい。そいつだよそいつ!」


 ヴェラドーナは本当に失礼な奴だ。せっかく名乗った聖騎士がちょっと凹んでるじゃないか。


「早くおっしゃってくださいませっ。まそ……なんですの?」

「ま、まー」


 本名言ったら完全にバレるな。あ、そうだ! 俺は顔だけを振り向き、奴に向けて堂々と声を発する。


「俺の名前は魔剣王ボルゲだ。覚えておけ!」


 なんか急に静かになったから、ちょっとどころじゃなくらい居心地が悪い。魔族達全員の顔がぽかんとしてる。ヴェラドーナは地面に突っ伏したまま、口をあんぐりとさせていた。


「ま、魔剣王ボルゲだと!?」

「そうだ! いいか、もう一度言うが俺は魔剣王ボルゲだ! 悔しかったらいつでもかかって来い。王に逃亡はない!」


 まあ、そう言いつつも今逃げてるけどな。クルリと振り返り、何事もなかったように早歩きをして、どうにか里から出ていくことに成功した。


「もー。ゼルさんったら、どうしてあんな見えすいた嘘をつかれたのですか?」

「そうだぞゼル君。魔剣王ボルゲは有名な中年男だ。君とは似ても似つかない」

「いいだろ。魔王の真似をしてみたくなったんだよ」

「もう。あなたったら、子供みたいですっ。ではハネムーンの続きをしましょう」

「いつまで続けるんだその芝居!」


 ボルゲは人間界ではわりと名の通った奴で、その容姿もけっこう有名だったりする。反対に、魔族の中じゃそこまで有名じゃないんだ。不思議な認識の違いがあるが、これでどっちからも怪しまれずに済んだ。奴の風評を落としたことになるかもしれないが、まあいいか。


 無事薬を手に入れた俺たちは、竜車に乗って危険地帯だらけだった山を抜け、夕方になる頃には王都に辿り着いていた。後はこの薬を貴族の娘に飲ませて終わり! ……と、お気楽に考えていたんだ。

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