第15話 薬を買おう

 俺としては、とにかく知り合いがいるかも、という一点のみが気がかりだ。


 山の奥へと進み、きっとこんな所に迷い込むような奴はいないだろうというくらいの奥地。そこに小さな隠れ里があったわけだが。

 木で作られた門を前にして、俺は足を止める。


「なあセンタ。君までそんな被り物をつける必要はなかったと思うんだが」

「え? そうかな。大聖女様が変装されるなら、仕える身である僕もしなくてはならない筈だよ」


 その聖女様は、いやーな物を見るような視線を送っているがな。センタは鉄仮面を被っているのだが、なんだかんだで一番目立つ格好だ。


「いいかい。俺達は人間だってバレちゃいけない。人間にかなり近い魔族っていう設定でいく。こういう山の奥なんかに住んでる魔族っていうのは、人間が大嫌いな奴が多い。バレたら殺される可能性は十分にあるぞ」

「怖いですわ。でもわたくし達ならきっと大丈夫です。もう、どう見ても魔族そのものですっ」


 えっへんと胸を張るシエナだったが、俺の目には普通に人間にしか見えないけどなぁ。羽根付きマスクを付けているとやけに色っぽく見える。


 本当なら多少の魔族くらい、魔王だった俺なら特に問題なく対処できる。でも、やっぱり同族と争うような真似はしたくない。だから敢えて忍び込み、穏便に事を済ませる。


「何も問題はないさ。僕らは何も怪しくない! さあ行こう!」


 先頭を歩く筋肉騎士からはなんの憂いも感じられない。そして門番である赤い髪をした大男二人の前で、軽やかに手を振った。


「やあ! 僕は君たちと同じ魔族なんだ。ここを通してくれるかなっ?」

「……ん? なんだ貴様。さては人間だな!」

「殺せ! 殺せぇええ!」


 やっぱりか。本当に一目でバレてしまったらしい。大男二人は顔を真っ赤にして、槍を振り回してセンタへと駆け出した。


「ちょ、ちょっと待つんだ君たち! 僕は何も怪しくない! れっきとした騎士ー……あ!?」

「騎士だと!? 以前里を襲った連中か! 殺せー!」

「待ってくれ! ちょ、ちょっとゼルく……!? いない? ゼル君ー!」


 俺は奴が目立っている隙に木陰に隠れていた。センタよ。君はちゃんと仕事を果たしたぞ。いい囮になってくれた。


「大変ですわ。ゼルさん、センタを助けに行かなくていいんですの?」

「大丈夫だ。ああいう奴はなかなか死なないし、ツキもあるもんだ」


 俺の部下にもああいう奴はいたから大体分かる。きっとケロッとした顔で戻ってくる。シエナはいつの間にか背後に隠れるようにしゃがんでいた。センタと一緒に逃げていても良かったのに。


 とりあえず門番が一時でも消えた今がチャンスということで、里の中に入ってみた。藁や木で作られた家がぽつぽつと並んでいて、やっぱり人間の村と遜色ない感じだ。とはいえ、俺はあまり人間の文化を知らないから、ちょっと自信がないけれど。


「まあ、とっても長閑な里ですわね。わたくし、少しばかり誤解していたのかもしれません」

「魔族にもいろいろあってな。凶暴なイメージがつき纏うもんだが、実際には大人しい連中も多い」

「こんな美しい森の中で暮らしているなんて、素敵な方々かもしれないですね。あら?」


 一応の変装をしていた俺と大聖女は、今のところはバレずに済んでいる。彼女が気がついたのは、屋台に置かれたいくつもの薬が入った瓶。ここが薬屋か。


「いらっしゃい。おや? あんた達この辺じゃ見ない顔だねえ」


 魔族の老婆は、顔が灰色である事を除けば人間と一緒だ。


「はい。わたくし達、実は旅行でやって来ましたのよ」

「おやおや! じゃあそこにいる人は旦那さんかい?」

「は、はい! 新婚旅行なのですわ」


 おお! なかなかスラスラ嘘が言えてるじゃないか。でも、ちょっと苦しい感じだ。なんかぎこちない反応だしな。


「婆さん。実は魔物病の薬が欲しいんだ。いくらかな?」

「ほいさ。10Gになるさね」

「まあ! お安いんですわね。あなた! お買い得です」


 あなたって何だよ。まあいい。時間が惜しいとばかりに俺は懐から財布を取り出し、すぐに金を出そうとしたのだが、背後に奇妙な気配を感じたので手を止めた。


「ばあちゃん。そいつらに物を売るのは無しにしてもらってもいいかい? 間違いなく人間だし」

「ギク」


 シエナが分かりやすいリアクションを取るもんだから、婆さんが口を開けたまま後ずさってしまった。


「ええ!? に、人間だって! ちょっと待っておくれよ。人間がこんな里まで来るわけないじゃないか」

「それが来るんだよ。なあお前ら、こっち向いてみろ」


 言われるままに、俺とシエナは声の主へと相対した。よく整った顔と長い緑髪。釣り上がった目が印象的な、多分俺と同年代の女がいた。なんてことだ、と頭を抱えてたくなる。


「うわぁー。こいつらやっぱり人間だよ。身体中から勘に触る匂いが漂ってる。おい! さっき逃げて行った騎士の仲間だろお前ら。その仮面取れや」


 うーん。シエナはともかくとして、何で俺まで人間だと疑われているのだろう。しかしなぁ、取りたくないなあ仮面。だってこいつ、俺の知り合いなんだよ。


 名前はヴェラドーナ。魔王になろうとしてた頃、仲間集めに奔走しているうちに知り合った奴だ。ずっと遠くの島国に住んでいたはずだったんだけど、何でここにいるんだ? 頭の中に浮かんでは消える疑問符の数々を一旦横に置いて、とにかく今すべきことを考える。


 ここで仮面を外せば、まあ問題なく疑いは晴れるだろう……というか、ヴェラドーナは驚くに違いない。結果的に襲撃されないリスク回避はできるものの、素性がバレたら俺がここまで来た意味がなくなる。魔族間で噂が広まって、万が一にも元右腕の耳に入ったら、あっという間に国に帰るハメになるかも。


「この仮面は事情があってな。外すことができないんだ。魔族であるという証明をきちんとするなら問題ないのだろう?」


 言われてヴェラドーナは鼻を鳴らし、背中に預けていた弓と矢を手に取った。


「ふん。証明だと? どうやって自分は魔族だって証明するつもりなんだよ」

「人間には、ちょっとできない事をすればいいんじゃないかな」


 なんだか人事みたいな返事になってしまった。シエナがそわそわしながら俺とヴェラドーナを交互に見てる。


「あなた。一体どうなさるおつもりなの? 嫌だわ、せっかくの新婚旅行が台無しよ」

「そもそもこんな奥地にハネムーンなんてしないけどな」


 小声でツッコミつつ、俺は懐に隠しているカードをみんなには見せずに発動させる。


「適当なこと言ってると殺すぜえ。みんな、準備はいいか」


 もう俺達は完全に包囲されてしまっている。そういえば、ヴェラドーナ以外にも知り合いが何名かいる。奴らがこっちを殺そうとか考えている矢先に、目前を赤黒い光が包んでいく。


 ヴェラドーナ含めて魔族の面々は、大体想像していた通りの反応をしていた。


「お、おいおい! それってもしかして、変化魔法か!?」


 いつもの俺が着ていた鎧が変化し、更に重厚なものへと変化していく。マントもブーツもベルトもズボンも、金枠が入った見た感じ上等なルックスに変化させてみせた。

 変化魔法っていうのは、現在所持している物を、魔法を使って変形させることができるというもの。範囲や効果は術者によってまちまちだが、人間にはほとんど扱えるものはいないっていう定説が魔族にはあった。


 ……とは言っても、できる人間は結構いると思う。魔族っていうのは基本人間を見下しているから、いつも何処かで過小評価してしまうきらいがあるんだ。


「どうかな。これで信用してもらえたかい?」

「ま、まあ確かに。人間にできる魔法じゃないよな。だが魔族ならそこそこいるわけだし……信じてやるか」


 ヴェラドーナはこの里のボス的存在かもしれない。彼女が認めたことで、急激に周囲から警戒心が薄れていくのが解った。ゾロゾロと去っていく連中を横目に、シエナはホッと胸を撫で下ろしていた。


「安心しましたわ。あなたったら、何処であんな魔法を習得しましたの?」

「大陸のほうに師匠がいてな。さて婆さん、薬を買わせてくれ」


 老婆は驚いていたが、特に問題なく薬が入った瓶を購入することができた。ついでに封印に使えそうな護符数枚と、魔族しか作れない超美味いコーヒーを買う。このコーヒーは俺が大好きだったやつだ。良かった。なんか忘れている気もするが、後は帰るだけだ。


 しかし、ヴェラドーナはまだ訝しむように俺達から離れようとしない。


「なあアンタ。どっかであたしと会ってないか?」

「いや……会ってないな。ずっとここに住んでんのか?」


 危ねえ。勘づき始めているかもしれん。早く帰らないと。


「あたし達はつい数日前にここに移り住んだんだよ。なんてーかさ。向こうの魔王様が機嫌悪くって怖いのなんの」


 そうかそうか、魔炎王のことか。アイツ相当イライラしちゃってるみたいだな。定期的に火山みたいに噴火する時期があるから、こうやって避難する連中がいるわけ。


 しかし、そんな悠長な事も言ってられないくらいの急展開が訪れる。唐突に里の中が騒がしくなったかと思うと、土煙を上げて誰かがこっちに爆進してくる。


「みんなぁああああ! やっと見つけたあああああ!」


 ボコボコになった鉄仮面を被ったセンタが、こちらに勢いよく駆けて来たのだ。

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